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そうのはしくまのじんじゃ

桑橋熊野神社の境内
千葉県 八千代中央駅

桑橋熊野神社の境内・文化財の写真一覧14枚

芸術3枚

桑橋熊野神社の芸術
芸術
☆右面の胴羽目 中国二十四孝 董永☆  幼くして母親を失った董永は、残された父親をよく世話する孝行息子であった。ところがその父親も死亡し、葬式を出すのに貧乏で費用もないため、自分の身を奴隷として売り、無事に葬儀を終えた。そして、董永は借金を働いて返すために貸主の家に赴く途中、1人の婦人と出会って夫婦となる。婦人はわずか10日の間に百疋の絹を織り上げ、夫の借金をたちまち返済してしまう。借金を返し終えると、その婦人は董永に、自分が天の織女であること、また董永の深い孝養ぶりに感じた天帝の命によって下界に降り、董永の負債の返却を助けるよう言われたことを告げて、天に昇っていったという。
桑橋熊野神社の芸術
芸術
☆背面の胴羽目 中国二十四孝 孟宗☆  中国三国時代、呉国に孟宗という親孝行の息子がいました。幼い頃に父を亡くし、高齢の母は重い病にかかっていました。彼は医者から母に新鮮な筍のスープを作るようにと言われました。時は冬、筍は春にならないと生えてきません。なす術もなく竹林に入った彼は、竹にすがって泣き出しました。すると大地が揺れ始め、地面がひび割れたかと思うと、数本の筍が生えてきました。大喜びした孟宗は筍を家に持ち帰り、筍のスープを母に飲ませまると、母の病気が治ったといいます。
桑橋熊野神社の芸術
芸術
☆左面の胴羽目 中国二十四孝 唐夫人☆  唐夫人は、姑の長孫夫人によく仕え、姑の髪を毎朝整え、歯が無い姑のために自分の乳を与えるなどして尽くしました。ある時、姑は死期を悟り、一族を集めて「唐夫人の恩に報いることができず、今死のうとしているのが心残りだ。唐夫人孝行を真似れば、必ず繁栄するでしょう」と言いました。この話は「乳姑不怠」として知られるようになり、姑に孝行なのは珍しいと、皆褒め称えたと言います。
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