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けぞういん|新義真言宗海照山

花蔵院の境内・文化財
千葉県 浦安駅

文化財

公訴貝猟願成の塔

花蔵院の境内・文化財の写真一覧34枚

7枚

花蔵院の像
☆清心大菩薩堂石碑群☆ 左から「清心堂新築記念碑」、「清心大菩薩碑」、「御瀧山清心菩薩碑」、「不動明王像」、「御瀧山明光心行者碑」
花蔵院の像
【千葉県 浦安編 ❸】 豊受神社様からお隣にある花蔵院様へ行きました😊 御朱印をいただけるよう…
花蔵院の像
☆庚申塔•弘法大師立像•不動明王像☆
花蔵院の像
☆弘法大師座像•六地蔵•公訴貝猟願成の塔☆ 痛恨のミス💦公訴貝猟願成の塔がほとんど見えない😖 【公訴貝猟願成の塔】  昭和50年8月18日(1975年)市指定有形文化財 江戸時代も後期に入った頃のことです。 堀江•猫実村(浦安)と船橋村の漁師たちは、漁場の境界をめぐって争っていました。船橋村では「三番瀬(蛎内)は船橋村の漁場」と主張したのに対し、堀江•猫実村は「堀江•猫実村と船橋村の入会漁場」と主張して互いに譲らず、天明2年(1782年)1月、評定所にまで及ぶ訴訟となりました。そこで堀江•猫実村では花蔵院(けぞういん)の宥賢和尚(ゆうけんおしょう)を中心に対策を考えましたが、よい対策もなく困っていました。  当時、猫実村に長三郎、長兵衛、善三郎という人物がいました。長三郎は一人で代官所に乗り込み交渉しようとしましたが、役人に捕らえられ、同年9月に獄死してしまいました。  友の死を知った長兵衛は、老中田沼意次に駕籠訴しましたが、その場で捕らえられてしまいました。その後村人たちの嘆願により釈放されましたが、船で帰る途中、小名木川付近(江東区)で突如容態が悪くなり非業の死を遂げました。  二人の友を失った善三郎は、日頃信仰している成田の不動様に21日間の願をかけました。天明3年3月4日、善三郎はいつもどおり参拝し大雪のなか帰り始めましたが、吹雪が激しくなり、原木付近(市川市)で気力が尽き果てその場で死んでしまいました。3人を失った堀江•猫実村の漁師たちはより一層結束を深め、天明8年(1788年)、この訴訟に勝訴したといわれています。  この石塔は漁民の幸せを願って、村の発展に殉じた3人の冥福を祈るとともに、業績を長く後世に伝えるため「天明の3義人」として、明治22年(1889年)、村人の浄財によって建立されたものです。
花蔵院の像
【千葉県 浦安編 ❸】 豊受神社様からお隣にある花蔵院様へ行きました😊 御朱印をいただけるよう…
花蔵院の像
足元をよく見ると「みざる」「いわざる」「きかざる」(猿?)が彫られていました。
花蔵院の像
「かぞういん」と読むのかと思っていたら、『けぞういん』! 『花』の文字が名前に入っていて素敵だな…
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