ほけきょうじおくのいん
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方法華経寺奥之院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年01月12日(日) 17時04分42秒
参拝:2024年12月吉日
オフ会後にサポーターの皆様とお参りしました🙏本院から400mほどの距離にあります。
中山法華経寺発祥の地であり、初転法輪之霊跡ともいわれ、日蓮聖人が初めて説法をした場所として伝わっています。
もともとは下総国守護の千葉氏に仕えた「富木 常忍(ときじょうにん)」の館があった場所になります。
富木常忍は因幡国(鳥取県)富城郡の出身で、文官としての能力を買われて千葉氏に招かれ、下総八幡庄若宮に在住しました。建長5年(1253)ごろ日蓮聖人に帰依し、教義理解に優れ、聖人が最も重きを置いた有力檀越でした。
日蓮聖人が松葉ヶ谷の草庵で襲われた際には、こちらの館に身を寄せたといい、常忍は聖人のために法華堂を建立したといいます。他にも佐渡へ配流された聖人を援助したりとその活動を支えたといいます。
日蓮聖人入滅後、常忍は出家して「日常」と号し、法華堂を法華寺としました。後に中山の本妙寺と合併し法華経寺になったといいます。
中山法華経寺発祥の地であり、初転法輪之霊跡ともいわれ、日蓮聖人が初めて説法をした場所として伝わっています。
もともとは下総国守護の千葉氏に仕えた「富木 常忍(ときじょうにん)」の館があった場所になります。
富木常忍は因幡国(鳥取県)富城郡の出身で、文官としての能力を買われて千葉氏に招かれ、下総八幡庄若宮に在住しました。建長5年(1253)ごろ日蓮聖人に帰依し、教義理解に優れ、聖人が最も重きを置いた有力檀越でした。
日蓮聖人が松葉ヶ谷の草庵で襲われた際には、こちらの館に身を寄せたといい、常忍は聖人のために法華堂を建立したといいます。他にも佐渡へ配流された聖人を援助したりとその活動を支えたといいます。
日蓮聖人入滅後、常忍は出家して「日常」と号し、法華堂を法華寺としました。後に中山の本妙寺と合併し法華経寺になったといいます。


この形の幣束は馴染みがなくて荒行堂にいた時から気になってました💦目的に応じて形が違うものを使うみたいで、白じゃなくて五色の色紙を使うこともあるみたいです🤔

法華経寺の寺紋として用いられるのは「太田桔梗」で、諸説ありますが法華経寺の本拠が太田乗明邸跡のため定めたものとされるそうです。他にも、もう1つの紋章として鬼子母神信仰から「柘榴」を。日蓮宗において伝統的に用いられる「井桁に橘」も使われています。







市川七福神の弁財天になります

弁財天は宇賀徳正神と裏表の関係で祭祀される…🤔

奥之院には、春と秋に身延の七面山の麓にある日朗雄滝(俗に雄滝という)の弁天堂に参詣する行事があり、この雄滝にならって境内に滝を造られたようです。
残念ながらこの日は水が止まっていました😢
残念ながらこの日は水が止まっていました😢

日常上人像



日常上人のご霊廟になります。



すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく848投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。








