おおがたじんじゃ
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楽しみ方大潟神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年10月23日(木) 11時55分30秒
参拝:2025年10月吉日
【秋田県 大潟村】(おおがたじんじゃ)
〈 秋田県の寺社巡り その④ 〉
「なまはげの里」でもある男鹿半島を後にします。
もっともっと巡りたかったのですが、どこへ行っても「クマ注意」にて時期をずらすことにいたしました。
向かった「八郎潟」は、東西12㎞・南北27㎞・周囲82㎞・面積22,000㏊あるそうです。
もともと琵琶湖に次ぐ日本第2の面積を誇る湖でした。
すごい面積です。
戦後の食糧難を回避するため、国の一大事業として、昭和32年(1957年)に干拓されました。
そして昭和39年(1964年)に大潟村が誕生したそうです。
ちょうど以前の東京オリンピックの頃ですので、そんなに古い話ではありません。
その後、全国から「コメ農家」を募集され、昭和42年より入植が始ったそうです。
入植の当初は、大きなご苦労があったことと想像されます。
その大潟村の皆様の「心の拠り所」として「大潟神社」は創建されました。
昭和48年の伊勢神宮の「式年遷宮」の一社である
「滝原竝宮(たきはらならびのみや)」を譲り受け、本殿として誕生されたそうです。
今では「アキタコマチ」を代表する「一大米産地」です。
近隣には、コメの貯蔵などの施設である「カントリーエレベーター」が、都会の「ビル街」のように並ばれています。
これだけの多さは、ある意味「珍しい風景」です。
一面、地平線までの水田は見たことがありません。
いつか収穫前の「黄金色の絨毯」である風景を拝見したいものです。
〈 秋田県の寺社巡り その④ 〉
「なまはげの里」でもある男鹿半島を後にします。
もっともっと巡りたかったのですが、どこへ行っても「クマ注意」にて時期をずらすことにいたしました。
向かった「八郎潟」は、東西12㎞・南北27㎞・周囲82㎞・面積22,000㏊あるそうです。
もともと琵琶湖に次ぐ日本第2の面積を誇る湖でした。
すごい面積です。
戦後の食糧難を回避するため、国の一大事業として、昭和32年(1957年)に干拓されました。
そして昭和39年(1964年)に大潟村が誕生したそうです。
ちょうど以前の東京オリンピックの頃ですので、そんなに古い話ではありません。
その後、全国から「コメ農家」を募集され、昭和42年より入植が始ったそうです。
入植の当初は、大きなご苦労があったことと想像されます。
その大潟村の皆様の「心の拠り所」として「大潟神社」は創建されました。
昭和48年の伊勢神宮の「式年遷宮」の一社である
「滝原竝宮(たきはらならびのみや)」を譲り受け、本殿として誕生されたそうです。
今では「アキタコマチ」を代表する「一大米産地」です。
近隣には、コメの貯蔵などの施設である「カントリーエレベーター」が、都会の「ビル街」のように並ばれています。
これだけの多さは、ある意味「珍しい風景」です。
一面、地平線までの水田は見たことがありません。
いつか収穫前の「黄金色の絨毯」である風景を拝見したいものです。

神社入口・社号標

参道

手水舎

拝殿

拝殿扁額

本殿
⇒伊勢神宮「滝原竝宮(たきはらならびのみや)」を譲渡使用
⇒伊勢神宮「滝原竝宮(たきはらならびのみや)」を譲渡使用

土俵:4本の柱は「白・黒・赤・青」

案内板:大潟村の歴史も記されています。

■追加画像:広大な農地にあるカントリーエレベーター
⇒「美人を育てる 秋田米」と記載されています。
⇒「美人を育てる 秋田米」と記載されています。
すてき
投稿者のプロフィール

ミッフィー961投稿
令和6年11月30日より皆様のお仲間に入れさせていただきました。皆様の投稿・写真にいつも感心させていただいております。ただ「俗な自分」は、神社仏閣の素晴らしい「建築・彫刻・絵画・工芸・庭・・」な...もっと読む
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