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2022年10月03日(月) 06時52分 byコジコジ

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ご由緒
編集前
元和8年(1622)庄屋役の生田新左ヱ門宗義の願い出により木多下総守から宮地として除地の墨印を拝領、源氏神明宮として屋敷内に祀られた後、字源氏(源氏町4丁目付近)に遷された。
源氏という字の謂われとして、平治元年(1159)平治の乱で平清盛に敗れた源義朝が、家臣の身内である長田忠致を頼った際、忠致は平家の恩賞にあずかろうと義朝を裏切って殺した。この義朝謀殺に反対していた忠致の兄、親致はこの事件により自分の身が危うくなり、大浜郷棚尾に隠れ住んだ。これによりこの地を源氏と呼称するようになったとされる。また、この伝承とは別に、鎌倉時代初め、源氏の武将である熊谷若狭直氏が地頭として棚尾に移り住んだ際、高台であったこの辺りを源氏山と称した為、源氏という字名が付けられたという説もある。
社格は村社
(中山神明社 栞より)
編集後
元和8年(1622)庄屋役の生田新左ヱ門宗義の願い出により木多下総守から宮地として除地の墨印を拝領、源氏神明宮として屋敷内に祀られた後、字源氏(源氏町4丁目付近)に遷された。
源氏という字の謂われとして、平治元年(1159)平治の乱で平清盛に敗れた源義朝が、家臣の身内である長田忠致を頼った際、忠致は平家の恩賞にあずかろうと義朝を裏切って殺した。この義朝謀殺に反対していた忠致の兄、親致はこの事件により自分の身が危うくなり、大浜郷棚尾に隠れ住んだ。これによりこの地を源氏と呼称するようになったとされる。また、この伝承とは別に、鎌倉時代初め、源氏の武将である熊谷若狭直氏が地頭として棚尾に移り住んだ際、高台であったこの辺りを源氏山と称した為、源氏という字名が付けられたという説もある。
社格は村社
(中山神明社 栞より)
アクセス
編集後
名鉄三河線「碧南中央駅」より徒歩で約15分。
行事
編集前
1月  歳旦祭
2月  祈年祭
6月  中山神社(末社)例祭、夏越大祓式
10月 例祭(秋祭り)
11月 秋葉社(末社)例祭
12月 新嘗祭、年越大祓式、除夜祭
編集後
1月  歳旦祭
2月  祈年祭
6月  中山神社(末社)例祭、夏越大祓式
10月 例祭(秋祭り)
11月 秋葉社(末社)例祭
12月 新嘗祭、年越大祓式、除夜祭