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2023年04月29日(土) 20時54分 byささ

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住所
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岡崎市福岡町字南御坊山19・20
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岡崎市福岡町南御坊山19・20
ご由緒
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当社創立の由来を伝えるに、永禄7(1564)年3月一向宗騒乱(三河一向一揆)の際、戦火を被り縁起、社歴等は焼失し詳細を知る由なきも、残存している遺物文献によれば、遠く奈良朝の末年か平安朝の初期と思われます。
永禄の頃までは、随神門が有り、また神宮寺も建立しており、付近一帯の鎮守産土神として尊敬厚き総社でした。
応仁元(1467)年正月、真宗本願寺八代目蓮如上人が当地に来て、神宮寺の側に寺(土呂御坊本宗寺又は善秀寺)を建立し、三河門徒の拠点地となる。かくして浄土真宗隆昌し、僧兵を置いて勢力を振るう。是により神宮寺はもちろん、当社の社運日に月に衰微してしまいました。然るに、永禄6年(1563)一向宗の騒乱蜂起し、翌7年徳川家康に攻められ本宗寺滅亡したので、家康の家臣石川数正が乱後の平定に努めると同時に八幡宮の社殿を造営し、鏡二面を奉納すると伝わります。
元亀年中(1570~72)に至り、神宮寺は退廃はなはだしく再興の余地なく本尊佛のみ修理し、当社の拝殿に安置し、寺門廃滅にいたりました。
元和2年(1616)幕府代官畔柳寿学が当所を支配するに当たり、寿学社参して本殿拝殿等の再建を命じ、同5年9月落成しました。
編集後
当社創立の由来を伝えるに、永禄7(1564)年3月一向宗騒乱(三河一向一揆)の際、戦火を被り縁起、社歴等は焼失し詳細を知る由なきも、残存している遺物文献によれば、遠く奈良朝の末年か平安朝の初期と思われます。
永禄の頃までは、随神門が有り、また神宮寺も建立しており、付近一帯の鎮守産土神として尊敬厚き総社でした。
応仁元(1467)年正月、真宗本願寺八代目蓮如上人が当地に来て、神宮寺の側に寺(土呂御坊本宗寺又は善秀寺)を建立し、三河門徒の拠点地となる。かくして浄土真宗隆昌し、僧兵を置いて勢力を振るう。是により神宮寺はもちろん、当社の社運日に月に衰微してしまいました。然るに、永禄6年(1563)一向宗の騒乱蜂起し、翌7年徳川家康に攻められ本宗寺滅亡したので、家康の家臣石川数正が乱後の平定に努めると同時に八幡宮の社殿を造営し、鏡二面を奉納すると伝わります。
元亀年中(1570~72)に至り、神宮寺は退廃はなはだしく再興の余地なく本尊佛のみ修理し、当社の拝殿に安置し、寺門廃滅にいたりました。
元和2年(1616)幕府代官畔柳寿学が当所を支配するに当たり、寿学社参して本殿拝殿等の再建を命じ、同5年9月落成しました。
参拝時間
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祈願/土曜・日曜 9:00~16:00 平日は問合せ
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参拝/24時間
祈願/土曜・日曜 9:00~16:00(不定休あり) 平日は問合せ
駐車場
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あり 10台以上停められます。
編集後
10台以上停められます
行事
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1月1日	歳旦祭		
1月中旬 初天神祭 合格祈願祭
1月下旬 節分祭 婦人厄除祭
4月中旬 祈年祭 白山社・稲荷社・秋葉社 例祭
5月7日	貴久栄会(慰霊祭)		
7月初旬 水神祭
8月中旬 大仏供養法要慰霊祭
10月中旬 前夜祭
10月中旬 例祭(第3日曜日)
11月上旬 薬師如来供養祭
11月上旬 返り薬師祭
11月中旬 新穀感謝祭
12月31日 大祓祭 厄除祭
毎月第1日曜 月次祭(全11回)
編集後
1月1日	歳旦祭		
1月中旬 初天神祭 合格祈願祭
1月下旬 節分祭 婦人厄除祭
4月中旬 祈年祭 白山社・稲荷社・秋葉社 例祭
5月7日	貴久栄会(慰霊祭)		
7月初旬 水神祭
8月中旬 大仏供養法要慰霊祭
10月中旬 前夜祭
10月中旬 例祭(第3日曜日)
11月上旬 薬師如来供養祭
11月上旬 返り薬師祭
11月中旬 新穀感謝祭
12月31日 大祓祭 厄除祭
毎月第1日曜 月次祭(全11回)
文化財
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本殿一棟(国指定重要文化財)  
阿弥陀如来坐像(県指定重要文化財)
編集後
本殿一棟(国指定重要文化財)  
阿弥陀如来坐像(県指定重要文化財)