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2024年12月09日(月) 13時54分 byハイチュウ

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ご由緒
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創建は永禄13年(1570)3月の勧請と伝える。
下市場の鎮守の神として氏子深く崇敬する。
明治6年5月、村社に列格。
明治18年4月、社殿を改造する。
14等級、村社。
(『愛知縣神社名鑑』より)
編集後
創建は永禄13年(1570)3月の勧請と伝える。
下市場の鎮守の神として氏子深く崇敬する。
明治6年5月、村社に列格。
明治18年4月、社殿を改造する。
14等級、村社。
(『愛知縣神社名鑑』より)

1570年、織田信長の朝倉攻めにこの地方の武士も出陣した。與語久兵衛勝久などが出陣する時、鹿嶋神社で戦勝祈願をしたとされている。その後、宝永4年(1707)3月、下市場村矢頭久左衛門が主となり、鹿島大明神の本地仏十一面観世音菩薩像を造って祭った。明治6年(1873)村内の羽根田氏の氏神鎮守稲荷社、日高氏の氏神八王子社をこの神社に一緒に祭った。神社境内は、昔より市場として賑わい、中世の五日市場と推定されている。明治末期の頃まで、碧海郡の農家が境内に農産物を持参して、挙母の商人と取り引きしていた。
(『歴史の香る散歩みち』より)