りゅうせんじ
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楽しみ方龍泉寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年12月03日(火) 09時57分06秒
参拝:2024年11月吉日
「尾張三十三」第25番札所です。
ゆとりーとラインに乗り、バス停から徒歩5分でした。
名古屋城を鎮護する尾張四観音のひとつです。
龍王が一夜のうちに造立した寺で、馬頭観音が出た池の跡が見えるとされています。
最澄が熱田神宮参籠中に龍神のお告げを受け多々羅池畔で経文を唱えると、池から龍が昇天すると同時に馬頭観音が出現したので、これを本尊として祀ったのが開基とされています。
空海も、熱田神宮参籠中に熱田の八剣のうち三剣をこの龍泉寺に埋納したといわれ、熱田の奥の院とされてきました。
1556年織田信行が城を築いたと言われ、1560年の桶狭間の戦いの前には、清須城北東方面の防衛線を築くために織田信長が一隊を龍泉寺に派遣しています。
1584年の小牧・長久手の戦いの際には、小幡城に進出した徳川家康を討つべく羽柴秀吉が陣を張りましたが、秀吉が退却するときに放火されて建物が焼失してしまいました。
御朱印は事務所のような場所で書いて頂きました。
とても丁寧に対応して頂きました。
ゆとりーとラインに乗り、バス停から徒歩5分でした。
名古屋城を鎮護する尾張四観音のひとつです。
龍王が一夜のうちに造立した寺で、馬頭観音が出た池の跡が見えるとされています。
最澄が熱田神宮参籠中に龍神のお告げを受け多々羅池畔で経文を唱えると、池から龍が昇天すると同時に馬頭観音が出現したので、これを本尊として祀ったのが開基とされています。
空海も、熱田神宮参籠中に熱田の八剣のうち三剣をこの龍泉寺に埋納したといわれ、熱田の奥の院とされてきました。
1556年織田信行が城を築いたと言われ、1560年の桶狭間の戦いの前には、清須城北東方面の防衛線を築くために織田信長が一隊を龍泉寺に派遣しています。
1584年の小牧・長久手の戦いの際には、小幡城に進出した徳川家康を討つべく羽柴秀吉が陣を張りましたが、秀吉が退却するときに放火されて建物が焼失してしまいました。
御朱印は事務所のような場所で書いて頂きました。
とても丁寧に対応して頂きました。
すてき
投稿者のプロフィール

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