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だいこうじ|天台宗朝宮山

大光寺の御由緒・歴史
愛知県 春日井(JR)駅

ご本尊十一面観世音菩薩像
ご由緒

建保6年(1218)当地に来住した上条城主男阪孫九郎光善が、廃絶に近い大光寺を朝宮より上条本郷の地に遷し、慈鎮和尚を招請し、七堂十二坊を建立したとされる。
その頃は式内和爾良神社の荒廃と共に天台宗の巨刹大山の正福寺が焼き打ちされた仁平2年(1152)から数十年後のことであって尾張天台宗が衰退を続けている頃である。
明治維新の神仏分離以前は和爾良神社の別当職をつとめた寺であった。
当寺は古代のことは不明で現在地に大伽藍を創建した時を起点とし、慈鎮和尚をもって開山としている。
慈鎮は天台座主になられた高僧慈円大僧正で、当時、比叡山より慈鎮を迎えたことからみて尾張天台宗復興の意欲がうかがえる。
大光寺は天正12年(1584)長久手の役の戦火により、堂宇ことごとく焼失した。なお、それ以前にも織田家の内紛の犠牲になるなど再三火難に遭っていると伝えられる。
正保2年(1645)俊秀法印により、観音堂その他の建物が復興し一応の寺観を整えた。それで俊秀をもって中興としている。
大正3年(1914)又々火災にあい、わずかに元三大師堂、表門など一部を残してほとんど全焼し、昭和12年、庫裡の完成するまで規模は縮少されながらもほぼ現在の姿に復興した。
(『春日井の寺院』より)

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