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2024年10月22日(火) 18時54分 byハイチュウ

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ご由緒
編集前
創建は明らかでない。
「尾張志」に山王ノ社、貴船明神ノ社二社ともに井の口村にあり、と記す。
明治5年7月、村社に列格。
昭和8年3月、社殿を改築し境内地を拡張する。
昭和8年3月13日、指定村社となる。
昭和27年9月30日、宗教法人法施行に際し次の神社を合併し飛地境内神社とする。
・大明神社 天児屋根命 無格社(字大宮浦5595番地776.13坪、本殿0.82坪、弊殿5.20坪)は昭和36年、日吉社境内に遷座。旧境内地は処分して造営費にした。
・杵築社 須佐之男命 無格社 字西屋敷3403番地 34.00坪 本殿0.12坪 拝殿5.00坪、昭和34年9月、伊勢湾台風により被災、昭和37年3月、拝殿を修復する。
11等級、指定村社。
(『愛知縣神社名鑑』より)
編集後
創建は明らかでない。
「尾張志」に山王ノ社、貴船明神ノ社二社ともに井の口村にあり、と記す。
明治5年7月、村社に列格。
昭和8年3月、社殿を改築し境内地を拡張する。
昭和8年3月13日、指定村社となる。
昭和27年9月30日、宗教法人法施行に際し次の神社を合併し飛地境内神社とする。
・大明神社 天児屋根命 無格社(字大宮浦5595番地776.13坪、本殿0.82坪、弊殿5.20坪)は昭和36年、日吉社境内に遷座。旧境内地は処分して造営費にした。
・杵築社 須佐之男命 無格社 字西屋敷3403番地 34.00坪 本殿0.12坪 拝殿5.00坪、昭和34年9月、伊勢湾台風により被災、昭和37年3月、拝殿を修復する。
11等級、指定村社。
(『愛知縣神社名鑑』より)

西方近くの小字に正角(覚)寺、頭光寺等の寺名が残っている。思うに平安時代にこの地にかかる天台宗の寺院が営まれて比叡山の日吉神社から分神を勧請したものではなかろうか。
元大明神社は実は貴船神社で明治の初年いかなる間違いか役所の帳簿に大明神社と登録され以来それが公には用いられるようになった。しかし部落民は貴船神社を用い境内の大なることから常に大宮と称していた。御神体は昔大水の際、一宮より流れ来たり、元境内の東辺に漂着したのでその地に奉斎したとのこと。後に神官も一宮より鈴木氏が来住して奉仕したとつたえられる。従って古来、一宮との関係が深く貴船神社は一宮に五社残存し井之口の一社を加えて六社の称が残っている。真清田神社の祭車を引くに用いる藤つるは昔は井之口の神社のを切り出して用いていたが明治5、6年頃、一株を移植してこれを用いるようになったとのこと。
大正元年、暴風により折損倒伏し、加うるに部落民の大宮に対する信仰の減退はいかんともすることが出来なくなり日吉神社に合祀することとなった。
(『新修 稲沢市史』より)