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2022年08月02日(火) 05時10分 byハイチュウ
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文保元年(1317)にこの北にあったという北島城の城主だった平経貞が、自身の父の菩提をとむらうために建立した。当時の書状が寺宝として残されている。 後に知恩院の末寺になる。 明治24年(1891)濃尾地震で本堂が倒壊。 翌年に再建。 明治44年(1911)観音像をまつるお堂を建立。
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貞経山
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文保元年(1317)
