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楽しみ方正福寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月28日(木) 21時41分22秒
2017年4月27日に初めてお詣りに訪れました。
名古屋市史社寺編(大正4年版)に拠りますと、
正福寺さんは曹洞宗のお寺で洞雲山と号しています。
元々は、昌翁永察の開基、孝國東順の開山で清須朝日町(現在の朝日城屋敷、朝日天王、朝日五条、朝日弥生、朝日貝塚、朝日愛宕、朝日検見のいずれか)に建立されたようです。
慶長遷府(慶長15年(1610年))の時に清須から今の地(大正4年時は中區南小川町で現在は中区新栄1丁目です)に移り、眞亮院月海義舟尼を法地開基、梅嶺大枝を法地開山として六世鎭山祖長が再建したそうです。
名古屋市史社寺編(大正4年版)に拠りますと、
正福寺さんは曹洞宗のお寺で洞雲山と号しています。
元々は、昌翁永察の開基、孝國東順の開山で清須朝日町(現在の朝日城屋敷、朝日天王、朝日五条、朝日弥生、朝日貝塚、朝日愛宕、朝日検見のいずれか)に建立されたようです。
慶長遷府(慶長15年(1610年))の時に清須から今の地(大正4年時は中區南小川町で現在は中区新栄1丁目です)に移り、眞亮院月海義舟尼を法地開基、梅嶺大枝を法地開山として六世鎭山祖長が再建したそうです。

2019年6月4日撮影
正福寺さんの入口です。
正福寺さんの入口です。

2017年4月27日撮影
入口から正福寺さんの境内を写しました。
入口から正福寺さんの境内を写しました。

2019年6月4日撮影
正福寺さんのご本堂です。
正福寺さんのご本堂です。

2026年5月25日撮影
この間お詣りした時にご本堂を写しました。
この間お詣りした時にご本堂を写しました。

2019年6月4日撮影
ご本堂の正面と山号額を写しました。
ご本堂の正面と山号額を写しました。

2026年5月25日撮影
ご本堂正面に掛けられている山号額です。
ご本堂正面に掛けられている山号額です。

2019年6月4日撮影
境内の塀際に地蔵菩薩堂が建っています。
境内の塀際に地蔵菩薩堂が建っています。

2026年5月25日撮影
7年振りにお詣りし地蔵菩薩堂を再び写しました。新しかった幔幕が色あせていました。
7年振りにお詣りし地蔵菩薩堂を再び写しました。新しかった幔幕が色あせていました。

2019年6月4日撮影
地蔵堂内で中央に奉られているお地蔵さんを写しました。
地蔵堂内で中央に奉られているお地蔵さんを写しました。

2019年6月4日撮影
地蔵堂内の向かって右側に奉られているお地蔵さんを写しました。
地蔵堂内の向かって右側に奉られているお地蔵さんを写しました。

2019年6月4日撮影
地蔵堂内の向かって左側に奉られているお地蔵さんを写しました。
地蔵堂内の向かって左側に奉られているお地蔵さんを写しました。

2026年5月25日撮影
地蔵堂の内陣全体を写しました。
地蔵堂の内陣全体を写しました。

2019年6月4日撮影
地蔵堂の前に奉られています大きな地蔵菩薩立像です。
地蔵堂の前に奉られています大きな地蔵菩薩立像です。

2019年6月4日撮影
地蔵菩薩立像の横に脇侍のように奉られているお地蔵さんです。
地蔵菩薩立像の横に脇侍のように奉られているお地蔵さんです。

2026年5月25日撮影
地蔵堂の前に変わらず3体のお地蔵さんが奉られていました。
地蔵堂の前に変わらず3体のお地蔵さんが奉られていました。

2026年5月25日撮影
正福寺さんの全景です。繁華街でビルに囲まれてコンパクトになった都市型寺院となっています。
正福寺さんの全景です。繁華街でビルに囲まれてコンパクトになった都市型寺院となっています。
すてき
投稿者のプロフィール
しんめいしゃ46投稿
若い頃から歴史が好きでした。仕事場が奈良県で歴史の真っただ中にいました。定年に近くなった頃、長年思っていた事ーー寺社巡り&遺跡巡りを始めました。定年後は名古屋に居を移し、名古屋市内を皮切りに尾張...もっと読む
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