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楽しみ方宗圓寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月01日(月) 21時39分33秒
2017年4月27日に初めてお詣りしました。
広小路通沿い、広小路葵交差点角に宗円寺さんは鎮座しています。
江戸時代、宗円寺さんの周りはお寺が多く東寺町と呼ばれていたようです。ちなみに南寺町、西寺町もあったようです。
名古屋市史社寺編(大正4年版)に拠りますと、
宗円寺さんは浄土真宗本願寺派(西本願寺)で大浦山という山号です。
天文15年(1546年)、僧了顕(聖徳寺12世)が美濃国葉栗郡大浦村(現在の岐阜県羽島市)に建立したそうです。
寺伝では嘉禎元年(1235年)に僧閑善(聖徳寺開山)が大浦村に建立し聖徳寺と号したそうです。
建長年間(1249~1256年)に尾張国中島郡刈安賀村(一宮市大和町?)へ移転して宗円寺と改名したそうです。聖徳寺12世の了顕までは聖徳寺が宗円寺の住職を兼帯していましたが、13世浄誓以後は独住となったと言われていたそうです。市史編纂担当としては①聖徳寺系図、②関係資料に前述した寺伝が見当たらなかったため寺伝を採用しなかったそうです。
慶長年間(1596~1614年)に名古屋の東門前町(現在は名古屋市中区東桜2丁目)に移転しました。
万治年間(1658~1661年)に現在地(中区東桜2丁目)に移転しました。
正徳4年(1714年)にようやく寺号の公称を許され、巨麻山と号しました。
明治20年(1887年)頃に大浦山の山号に改めました。
広小路通沿い、広小路葵交差点角に宗円寺さんは鎮座しています。
江戸時代、宗円寺さんの周りはお寺が多く東寺町と呼ばれていたようです。ちなみに南寺町、西寺町もあったようです。
名古屋市史社寺編(大正4年版)に拠りますと、
宗円寺さんは浄土真宗本願寺派(西本願寺)で大浦山という山号です。
天文15年(1546年)、僧了顕(聖徳寺12世)が美濃国葉栗郡大浦村(現在の岐阜県羽島市)に建立したそうです。
寺伝では嘉禎元年(1235年)に僧閑善(聖徳寺開山)が大浦村に建立し聖徳寺と号したそうです。
建長年間(1249~1256年)に尾張国中島郡刈安賀村(一宮市大和町?)へ移転して宗円寺と改名したそうです。聖徳寺12世の了顕までは聖徳寺が宗円寺の住職を兼帯していましたが、13世浄誓以後は独住となったと言われていたそうです。市史編纂担当としては①聖徳寺系図、②関係資料に前述した寺伝が見当たらなかったため寺伝を採用しなかったそうです。
慶長年間(1596~1614年)に名古屋の東門前町(現在は名古屋市中区東桜2丁目)に移転しました。
万治年間(1658~1661年)に現在地(中区東桜2丁目)に移転しました。
正徳4年(1714年)にようやく寺号の公称を許され、巨麻山と号しました。
明治20年(1887年)頃に大浦山の山号に改めました。

2017年4月27日撮影
宗円寺さんの入口です。普通の住宅のような棟門です。気軽にお詣りできるように格式張らないようにしているのでしょうか。
宗円寺さんの入口です。普通の住宅のような棟門です。気軽にお詣りできるように格式張らないようにしているのでしょうか。

2017年4月27日撮影
宗円寺さんのお堂と境内です。堂宇は現代にマッチングしたデザインです。
宗円寺さんのお堂と境内です。堂宇は現代にマッチングしたデザインです。
すてき
投稿者のプロフィール
しんめいしゃ46投稿
若い頃から歴史が好きでした。仕事場が奈良県で歴史の真っただ中にいました。定年に近くなった頃、長年思っていた事ーー寺社巡り&遺跡巡りを始めました。定年後は名古屋に居を移し、名古屋市内を皮切りに尾張...もっと読む
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