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2022年08月21日(日) 14時29分 byハイチュウ

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ご由緒
編集前
景陽山と号し、臨済宗。
はじめ伊勢国大島村にあって西明寺といったが、天正年中(1573〜)織田信雄が、父信長の菩提のため清須に移し、僧忠嶽を開山として今の寺号に改めた。慶長十六年(1611)清須からこの地に移建した。
寺宝には信長公ゆかりのものが多く、織田信長公画像はじめ九点が県指定文化財である。
なお、明治四年(1871)ここでわが国初の博覧小会が開かれた。
編集後
景陽山と号し、臨済宗。
はじめ伊勢国大島村にあって西明寺といったが、天正年中(1573〜)織田信雄が、父信長の菩提のため清須に移し、僧忠嶽を開山として今の寺号に改めた。慶長十六年(1611)清須からこの地に移建した。
寺宝には信長公ゆかりのものが多く、織田信長公画像はじめ九点が県指定文化財である。
なお、明治四年(1871)ここでわが国初の博覧小会が開かれた。
見所
編集後
織田信雄が父・信長を弔うため、天正13年(1585)に伊勢国にあった安国寺を清洲に移し総見寺と改めた。数多くの寺宝が残る。
(名古屋時代MAPより)