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楽しみ方忌部神社のお参りの記録一覧
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出雲国意宇郡の式内社「久多美神社」の論社です。当地には玉造湯神社にて伝承の残る出雲忌部氏の居住地であったとされ、「忌部神戸」として風土記にも記載があります。明治までは大宮神社として忌部地区の中心的な神社でしたが、神社合祀政策によって周辺の小社を合祀し現社名に変更されました。

《一の鳥居と社号碑》
県道24号線に面した位置にあります。

《忌部神戸の由緒書き》
名前の通りこちらは忌部氏の神戸(所有地)として扱われており、実際の出雲忌部氏の本拠地は現在の玉造湯神社のある玉湯町玉造あたりであるとされています。現在玉屋町と西忌部町東忌部町が存在しておりこれら全てが出雲忌部氏の所領だったとするとかなり広い範囲を治めていたようです。

主祭神として「天太玉命」、「天照大御神」、「天児屋根命」他二十二柱を祀った春日造りの本殿を持つ神社です。もともとは「天太玉命」が祀られていたのであろうとのことです。創建年代は平安時代以前のようで、雲陽誌には三社大明神の名で記載されています。
計25柱の神様が祀られているので、ものすごいパワースポットではないのでしょうか。残念ながら私には何も感じられませんでしたが…。
記録によれば、平安時代にこの地域の鎮守各社を合祀して二十二社総権現大宮三所大明神と称されていましたが、1911年に近隣の複数の神社を合祀し忌部神社へ改称され、明治末までは大宮神社と呼ばれていたそうです。
この地域は勾玉や菅玉の生産が盛んであり朝廷への献上も行っていたようです。神社には勾玉や管玉、その生産に使われた砥石などが奉納されています。
本殿は大きく立派で歴史を感じさせるものでした。また、境内のイチイガシは島根県で2番目の大きさだそうです。参道は長~い石段なので足がプルプルになりました(完全な運動不足)。
忌部というと、かつてのヤマト中央政権で祭祀を取り仕切っていた一族の呼称なのですが、なにか関係があるのでしょうか。
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