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みとりじんじゃ

美取神社
鳥取県 大岩駅

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神祇伯
神祇伯
2025年06月11日(水) 16時23分12秒
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因幡国巨濃郡の式内社「大神社」の論社です。大野郷の一宮として篤く崇敬されており、江戸時代には緑大明神とされていたのが現社名の由来です。古来よりこの地にはあの大神神社を創建しその祭主として選ばれたあの大田田根子さまの子孫が移り住んで、氏神社として大神社を創祀したとされています。

美取神社(鳥取県)

《鳥居と燈籠》
扁額には「太神社」とありますね。そしてすごく古そう…

美取神社(鳥取県)

《随身門》

美取神社(鳥取県)

《倉庫》

美取神社(鳥取県)
美取神社(鳥取県)

《表参道》
自然豊かな高台の上にあるため苔とか生えてて雨の日は大変滑りやすい。
もしやこれが緑大明神の由来…?

美取神社(鳥取県)

《獅子狛犬像》
3対の狛犬像があり奥の方が古いです。

美取神社(鳥取県)

《手水舎》
釜蓋…!?洗ひつるここも…(略)

美取神社(鳥取県)

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
式内社「大神社」は六国史の一つである『日本三代実録』にて「授因幡国従五位上多神正五位下」の記録内容の神社に比定されており、国史見在社でもあります。
また江戸時代には因幡藩主の池田家の祈願所として崇敬されており、池田家が使っていた家紋をそのまま社紋としていただいて屋根などについています。この池田家の崇敬は明治の廃藩後まで続き、紋付の幕や提灯などを奉納しています。
そして当社にも鳥取東照宮が始めた麒麟獅子が伝承されており、4/9の例祭に奉納されています。

美取神社(鳥取県)

《本殿》
ちなみに因幡藩主の池田家は岡山藩主の池田家の分家で、あの池田光政公も幼少期に城主として16年居城していました。その後城主となった池田光仲公の祖母が徳川家康公の孫であったため、因幡藩は外様の藩格でありながら葵紋を下賜され岡山藩から国持大名として独立した歴史を持ちます。

美取神社(鳥取県)

《稲荷神社》
お狐さんが社のど真ん中にいます。いつもお世話になってお(🤛

美取神社(鳥取県)

《祭儀庫》

美取神社(鳥取県)

《境内社》
鳥居の前にあります。目の前の玉垣が煉瓦造りの洋風な造りとなっています。

美取神社(鳥取県)

《境内入り口》
隣に宮司のお宅があります。というかむしろ境内に住んでて宮司さんじゃなかったらなんだというくらい密接してる。

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美取神社(鳥取県)
《境内入り口》 隣に宮司のお宅があります。というかむしろ境内に住んでて宮司さんじゃなかったらなんだというくらい密接してる。
美取神社(鳥取県)
《境内社》 鳥居の前にあります。目の前の玉垣が煉瓦造りの洋風な造りとなっています。
美取神社(鳥取県)
《祭儀庫》
美取神社(鳥取県)
《稲荷神社》 お狐さんが社のど真ん中にいます。いつもお世話になってお(🤛
美取神社(鳥取県)
《本殿》 ちなみに因幡藩主の池田家は岡山藩主の池田家の分家で、あの池田光政公も幼少期に城主として16年居城していました。その後城主となった池田光仲公の祖母が徳川家康公の孫であったため、因幡藩は外様の藩格でありながら葵紋を下賜され岡山藩から国持大名として独立した歴史を持ちます。
美取神社(鳥取県)
《拝殿》🙏 👁チェックポイント‼️ 式内社「大神社」は六国史の一つである『日本三代実録』にて「授因幡国従五位上多神正五位下」の記録内容の神社に比定されており、国史見在社でもあります。 また江戸時代には因幡藩主の池田家の祈願所として崇敬されており、池田家が使っていた家紋をそのまま社紋としていただいて屋根などについています。この池田家の崇敬は明治の廃藩後まで続き、紋付の幕や提灯などを奉納しています。 そして当社にも鳥取東照宮が始めた麒麟獅子が伝承されており、4/9の例祭に奉納されています。
美取神社(鳥取県)
《手水舎》 釜蓋…!?洗ひつるここも…(略)
美取神社(鳥取県)
《獅子狛犬像》 3対の狛犬像があり奥の方が古いです。
美取神社(鳥取県)
《表参道》 自然豊かな高台の上にあるため苔とか生えてて雨の日は大変滑りやすい。 もしやこれが緑大明神の由来…?
美取神社(鳥取県)
美取神社(鳥取県)
《倉庫》
美取神社(鳥取県)
《随身門》
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美取神社の基本情報

住所

鳥取県岩美郡岩美町太田166

行き方
アクセスを詳しく見る
名称

美取神社

読み方

みとりじんじゃ

参拝時間

参拝自由

参拝にかかる時間

約10分

参拝料

なし

トイレなし

詳細情報

ご祭神大物主命
ご神体

不詳

創建時代

不詳

創始者

大田田根子の子孫(神氏の分家)

本殿

一間社流造

ご由緒

『延喜式』神名帳(927)所載の「巨濃郡大神社」であり、大野郷の一宮であった。太神社 (オオムワシャ)とも緑大明神(美取大明神)とも称された。
『日本三代実録』 貞観15年(873)7月の条に「授因幡国従五位上多神正五位下」とあるのは当社のこととされる。創建は大和国三輪の大神神社に奉仕した太田田根子の子孫が此の地に住み、祖神の大神を祀ったと伝わる。
寛永年間(1624~44)の火災で本社焼失。古文書も残らない。江戸時代は藩主池田家の祈願所とされ、明和6年(1769)には池田重寛が京都円満院御染筆神号額面を、明治3年には池田慶徳が御紋付幕及び提灯を奉納している。池田家の家紋を社紋とする。
明治初年に美取神社と改称。大正6年12月本庄の北野神社(もと天満宮菅原道眞もと八幡宮三上豊範)を合祀した。
三上豊範は道竹城主で、宝暦の頃より八幡宮として奉斎されていた。古くから太田と本庄の氏神である。
[鳥取県神社庁HP当神社ページ由緒書きより]

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