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みかわいなりじんじゃ

三河稲荷神社のお参りの記録一覧
東京都 本郷三丁目駅

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hei
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2026年02月04日(水)181投稿

初午で周辺の通り、商店街に行灯が並んでいました。三河の名が入るとおり徳川家康ゆかりの神社です。

三河稲荷神社(東京都)

地図上は水道橋駅からも近く見えますが、近隣の昌清寺へ水道橋駅から行った時に急な上り坂だったので行きは本郷三丁目駅からのほうがいいと思います。

三河稲荷神社(東京都)

境内にテントがあって大きい火鉢を温めて焼き餅などの準備が進められてました。本格的な催しは午後にあったようです。

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ひでどらごん
ひでどらごん
2025年04月26日(土)1141投稿

三河稲荷神社は東京都文京区本郷に鎮座する神社で、旧本郷元町一丁目・二丁目の鎮守として地域に親しまれてきた。祭神は五穀豊穣を司る宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)である。

● 徳川家康と深い関わり
元は三河国(現・愛知県豊田市)稲荷山の隣松寺に鎮座していた社で、徳川家康が戦勝祈願を行った神社の末社にあたる。家康は天正18年(1590年)の江戸入国の際に吹上にこの社を遷し、のち慶長11年(1606年)には本郷元町の氏神として現在地に近い場所へ移した。

● 江戸の守護神としての信仰
家康は三河稲荷を「自らの守り神」として崇敬し、吹上遷座後も社殿を再建するなど篤く信仰した。戦国の混乱期に勝利をもたらした霊験あらたかな神として、譜代家臣団からも信仰を集めた。

● 奴僕稲荷という別名の由来
江戸初期、神の使いである白狐が家康に従い江戸へ下ったという伝承があり、「三河いなり」は「奴僕稲荷(どぼくいなり)」とも呼ばれた。家臣に身をやつして随行した狐の伝承は、本郷地域に独特の神話性を加えている。

● 昌清寺との関係と神仏分離
浄土宗昌清寺内で祀られていたが、明治2年(1869年)の神仏分離令により独立。同町二丁目に社地を得て遷座した。明治26年には給水工事のため現在地に移され、社殿の再建が行われた。

● 大正・昭和の復興と現在
関東大震災で社殿は焼失したが、大正13年に地元氏子の寄進により再建された。拝殿・神楽殿・社務所も整い、今も地域に密着した神社として信仰を集める。

● 現在の祭事と文化
2月最初の午の日には「本郷初午行灯まつり」が開催され、氏子や地域住民の手でにぎわいを見せている。神社の前には江戸期の狛犬や嘉永年号の盤石なども移され、歴史を感じさせる佇まいを今に残す。

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おおかみ
おおかみ
2022年12月08日(木)1020投稿

自宅より辰の方角

三河稲荷神社の御朱印

⬇おまけコーナー

三河稲荷神社(東京都)

近くの歩道橋から東京ドームも見れます

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