いやじんじゃ
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楽しみ方揖夜神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月09日(月) 00時00分16秒
参拝:2026年1月吉日
出雲国意宇郡の式内社であり、『出雲国風土記』にて「伊布夜社」として記載のある古社です。『古事記』にて登場する「伊賊夜坂」という古道に続く神社であり、この伊賊夜坂が伊弉諾命さまが黄泉の国から現世に続く黄泉比良坂に続く道とされていたことから、ご祭神には伊奘冉命さまを祀ります。

《鳥居と社号碑》
鳥居が崩壊しかけているのか正面は通行禁止となっています。
鳥居が崩壊しかけているのか正面は通行禁止となっています。

《神門》

《末社①》
恵比須神社と灯籠跡っぽい塔があります。
恵比須神社と灯籠跡っぽい塔があります。

《荒神社》
他の神社と同じく大蛇を模った注連縄が巻かれています。そして大蛇神と書いて「チイナマイト」と…これは読み方で良いのでしょうか?
他の神社と同じく大蛇を模った注連縄が巻かれています。そして大蛇神と書いて「チイナマイト」と…これは読み方で良いのでしょうか?

《拝殿》
真名井神社と同じく吹き抜けの土間式です。
真名井神社と同じく吹き抜けの土間式です。

《拝殿内部》🙏
👁チェックポイント‼️
当社に関係しているとされる「黄泉比良坂」は伊弉諾命さまが黄泉の国にいた伊奘冉命さまの姿を見て逃げ出し、最終的には決別を果たしたあの世とこの世の境ともいえる場所です。
伊奘冉命さまの御陵は島根の久米神社奥宮や花窟神社、広島の比婆山などにありますが、この伊奘冉命さまのいる黄泉の国の入り口と呼べる黄泉比良坂は当地にのみ比定されています。
こうした由来から島根にあの世(黄泉の国・根の国)の入り口があるとされ、素戔嗚尊さまも大国主命さまには試練を与える段には根の国にいますし、最終的に大国主命さまは平田篤胤先生の国学論によって黄泉の国の主宰神とされるようになったのはこういった出雲の伝承によるものであると推測できます。
👁チェックポイント‼️
当社に関係しているとされる「黄泉比良坂」は伊弉諾命さまが黄泉の国にいた伊奘冉命さまの姿を見て逃げ出し、最終的には決別を果たしたあの世とこの世の境ともいえる場所です。
伊奘冉命さまの御陵は島根の久米神社奥宮や花窟神社、広島の比婆山などにありますが、この伊奘冉命さまのいる黄泉の国の入り口と呼べる黄泉比良坂は当地にのみ比定されています。
こうした由来から島根にあの世(黄泉の国・根の国)の入り口があるとされ、素戔嗚尊さまも大国主命さまには試練を与える段には根の国にいますし、最終的に大国主命さまは平田篤胤先生の国学論によって黄泉の国の主宰神とされるようになったのはこういった出雲の伝承によるものであると推測できます。

《神楽殿》

《本殿と末社②》
こちらの末社は同郡鎮座の式内社「同社坐韓國伊太氐神社」です。この社名の神社は出雲国に複数あり、玉作湯神社、佐久多神社、阿須伎神社、出雲神社、曽枳能夜神社にも相殿として祀られていると記載されています。
こちらの末社は同郡鎮座の式内社「同社坐韓國伊太氐神社」です。この社名の神社は出雲国に複数あり、玉作湯神社、佐久多神社、阿須伎神社、出雲神社、曽枳能夜神社にも相殿として祀られていると記載されています。

《末社③》
本殿の右手にあるこの社は三穂津姫神社で「風土記社」と書かれています。これは『出雲国風土記』記載の不在神祇官社のことを指しますが風土記ではこの社名では記載されておらず、神祇官社と両方に「伊布夜社」とあるその片割れであるとされています。
本殿の右手にあるこの社は三穂津姫神社で「風土記社」と書かれています。これは『出雲国風土記』記載の不在神祇官社のことを指しますが風土記ではこの社名では記載されておらず、神祇官社と両方に「伊布夜社」とあるその片割れであるとされています。

《末社④》
こちらも恵比須神社です。同じ社が別で2社あることになります。
こちらも恵比須神社です。同じ社が別で2社あることになります。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1735投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(2/1更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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