延暦3年(784)桓武天皇は都を奈良から桂川西岸の長岡に移された。しかし、未完成のまま10年後の延暦12年(793)には桂川と賀茂川にはさまれた葛野に都を造栄する。これが平安京である。
やがて王朝文化が開くが、武家政治がはじまると、11年にわたる応仁の乱で、京の街は大半が焼失し、周辺の寺々が統合、改宗などの変遷を経て再建されるのは江戸期に入ってからである。
そして人心が安定し、観音巡礼が盛んになり、西国霊場になぞらえ各地に西国うつしの観音霊場が設けられるようになると、京都にも西山の西国第二十番札所善峯寺を一番とする洛西三十三ヶ所観音霊場が成立した。
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京都洛西観音霊場
観音
専用御朱印
249人
概要
引用:公式サイト
基本情報
札所数 | 札所数:36 (札所:33 その他:3) |
総距離 | 82km |
かかる時間 | 車:2日、徒歩:4日 |
別名 | 洛西観音霊場 |
開創年 | 1978年 |
事務局 | 京都洛西観音霊場会 |
連絡先 | 楊谷寺奥ノ院 075-956-0017 |
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