四国路では、春の季節の到来と共に、手甲・脚絆・白衣姿に菅笠を被り、金剛杖を突き鈴を鳴らしながら札所を巡拝するお遍路の姿が数を増して参り、それが四国の和やかな風物詩ともなっております。
四国八十八ヶ所は、弘仁6年(815)に弘法大師によって開かれたと言い伝えられておりますが、本当は、お大師さま(弘法大師)の高弟の真済が、お大師さまのお徳を慕って、そのご遺跡を巡拝したのがその始まりであるとも言われております。今日のような八十八ヶ所の札所霊場が出来上がったのは、室町時代の末期から江戸時代の初期であると思われます。
霊場をめぐる本来の意義とは、私たちが日々の生活の中で常に意識している苦しみから離れ、本来具足している仏性を呼び起こし、平穏な心の状態を保つことを目的としているのです。その迷いの種である煩悩は、一ヶ寺ずつ札所の霊場を巡拝することによって消滅し、悟りの境地に到達することが出来るというのであります。また、昔から人の大厄の年は、男が42歳、女が33歳、子供が13歳でその合計が88になることから、八十八ヶ所の札所を巡拝すれば、男も女も子供も、すべて人生の大厄から逃れることが出来て、安穏な幸福な人生を送ることが出来るとも伝えられております。
昔は四国八十八ヶ所札所巡拝に出かける際には、旅立ちに先立って、家族一同水杯を酌み交わし、死をも覚悟して旅に出たと聞いております。今日では、当越後新四国八十八ヶ所のように、各地に四国霊場をお写しした札所が開かれ、直接四国八十八ヶ所の霊場にまで足を運ばなくても、四国霊場を巡拝したと全く等しいご利益を頂戴出来るということは、身体の弱い人や、多忙の人にとっても誠にありがたいことであります。
私たちは、お大師さまのご遺徳を偲び、己の過去に犯した罪業を懺悔し、お大師さまとの出会いを求め、尊い札所霊場を巡拝することによって、更に一段と深い信仰の道に進み、明るい人生を歩むことが出来ると信じております。