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100年後に神社お寺を残せる未来へ
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100年後に神社お寺を残せる未来へ
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柳 祥江
2020年11月08日(日)1投稿
神功皇后が三韓征伐の帰路、周防灘で大時化に遭われ四郎谷港(白髪の浦)に避難されました。しかし、幼少の皇子応神天皇は高熱の病だったのです。里の白髪老人に「湯野温泉の湯を進ぜば熱も退散する」と教えられ皇子に奉ったところ熱はたちまち下り風のおさまるのを待って無事難波津へお帰りになりました。
皇后と皇子がお泊まりになった所が四郎谷の大陰八幡宮といわれています。
御祭神に道の神様 宗像三女神もいらっしゃいます。
その400年余り後、天武天皇の白鳳2(674)年春、四郎谷より霊光が輝き、朝廷に申し上げて和銅3(710)年元明天皇の勅命により降神に宮が祭られました。
旧郷社。昔むかしは、「降神社」という名の神社で、降神村にあったのです。
室町時代後期(1507年) 大内義興(おおうちよしおき)がこの桜田山麓に遷座・造営したとされる神社です。
同年、宇佐八幡宮の分霊を勧請(かんじょう)し、「桜田八幡宮」と改称されました。
現在の社殿は、江戸時代末期(1859年)に再建されたものです。
1件
境内・文化財
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御神木

防空壕跡


皇威輝四海碑こうい しかいにかがやく
児玉源太郎(こだまげんたろう)筆の碑があり、
その裏側には、日清戦争(1894年)に従軍した戸田村民30名の名前が彫られています。

桜紋





境内、宮地嶽神社前のハート手水舎

御神木

御神木
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