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こうあじ

興阿寺のお参りの記録(2回目)
山口県長門湯本駅

投稿日:2023年10月28日(土)
参拝:2023年10月吉日
【深川興阿寺】

防長寺社證文によると、「緣記証文旧記棟札等無之、大寧寺二十七代明山和尚中興開山なり、開基の位牌あり、三条内大臣近衛大将実香、法名大雄仙公居士、天文二十年(1551年)辛亥九月廿四日逝、代々住庵晩年の者故由緒等詳かならず」とある。

寺の創建や云われが定かではないのだが、当時、深川庄は三条家の領地であり、開基は、かつて太政大臣であった三条実香(さねか)と云われている。

興阿寺には、
中央:地蔵菩薩半伽像(じぞうぼさつはんかぞう)
正面右:不動明王立像(ふどうみょうおうりゅうぞう)
正面左:毘沙門天立像(びしゃもんてんりゅうぞう)
が祀られている。

ここからがオモシロイのだが、この三尊像の製作年代は寺の創建よりも前で、鎌倉時代のなかごろ(一二六〇年前後)とみられることから、古くより、この地方で信仰されていた地蔵菩薩を、寺の本尊として迎えられたものとされている。

大寧寺の岩田方丈さまによると、「そもそもこのエリアは、温泉を中心に栄えてきた場所ということもあり、温泉を守る地場の国つ神のような、そのような信仰は、おそらく、この地蔵菩薩よりも前からあって、そういうものと繋がっているように思う」と言われていた。

「温泉とこの地を守る地蔵信仰は、もとよりあって、それがベースとなっている。今の興阿寺内の地蔵菩薩のサイドに、不動明王立像と毘沙門天立像とで、脇を固めているのは、この二像については、この興阿寺の付近に山門があって、山門が無くなるときに、この位置に持って来られたのではないか」と言うことだった。

興阿寺は、大寧寺温泉発見縁起譚(開湯伝説)の、神仏非分離のストーリーの初源の、温泉信仰に触れることができる、、、畏し!
興阿寺(山口県)
【興阿寺:木造地蔵菩薩半伽像(こうあじ じぞうぼさつはんかぞう)】
像高 一二三・三センチ
興阿寺(山口県)
【興阿寺:木造不動明王立像(ふどうみょうおうりゅうぞう)】
像高一〇四・0センチ
興阿寺(山口県)
【興阿寺:木造毘沙門天立像(びしゃもんてんりゅうぞう)】
像高一〇五・五センチ
興阿寺(山口県)
【興阿寺、方丈さまとともに】
興阿寺(山口県)
【長門湯本温泉の象徴的的存在の公衆浴場「恩湯」】

山口県最古で、六百年以上の歴史を持ち、泉源は大寧寺。

浴室に入ると目に入るのが、むき出しになった岩盤、岩の割れ目から源泉が湧き出る様子がうかがえる。

長門国一宮住吉神社から授かった、しめ縄のある風景の奥には神像が鎮座し、浴室内は厳かな雰囲気に包まれている。

すてき

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