ひこしまはちまんぐう
彦島八幡宮山口県 下関駅
授与所:09:00〜17:00
御朱印 | |||
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限定 | - | ||
御朱印帳にお書き入れ | |||
御朱印帳 | |||
駐車場 | 境内に駐車可能 |
ぱっと見地続きになっているようで、小戸海峡によって切り離されてる彦島に立つ八幡宮です。宇佐神宮から勧請された後、海近くに鎮座していることで漁業、造船の関係者からの崇敬が篤く、市外部からの道中は造船会社や運輸会社の事務所が立ち並んでいました。
《鳥居と社号碑》
鳥居から中へ車で入ることができ、左手に駐車場があります。
《表参道》
《楼門》
塗装のない木造ですがとても趣があります。
《手水舎》
金魚鉢入りなどの花手水となっています。
《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
彦島の沖で漁業を営んでいた漁師が海中から光るなにかを見つけて、網を引き上げてみると八幡尊像の刻まれた鏡でした。この鏡を一族の守護本尊だと信じた漁師によって後に「光格殿」という名で建物を作りそこに祀りました。これが当社の創祀とされており、現在も拝殿上部に「光格殿」の扁額があります。
《彦島神社巡り》
当社を含めた内地に7つの兼務社と、巌流島にある船島神社を兼務しています。
《社務所》
当社と参拝したことのある船島神社の御朱印を戴きました🙏
《伊勢神宮遥拝所》
《大歳神社》
《ペトログラフ》
これが有名になってるやつですね。シュメール語の文字があることからこの地に流れ着いて祭祀を行っていたとされてるみたいですね。
《神紋》
丸に剣三つ紋ですね。
【長門國 古社巡り】
彦島八幡宮(ひこしま・はちまんぐう)は、山口県下関市彦島迫町にある神社。旧社格は県社。祭神は、仲哀天皇、応神天皇、神功皇后、仁徳天皇。
社伝によると、平安時代後期の1159年、彦島開拓の主祖・河野通次が宇佐神宮から御祭神を勧請したのが始まり。「灘八幡」とも呼ばれ、沖合を通過する船は必ず半帆の札をとったと言われる。鎌倉時代の1139年に河野通次四代の孫・道久の代に八幡大神の御託宣があり現在地に遷座している。明治に入り、近代社格制度の下、県社に列格した。
当社は、JR山陽本線・山陰本線・下関駅の南西道のり3.5kmの、彦島の北東部の平地にある。海側に巨大工場が建ち並ぶ国道250線沿いにある境内は旧県社としてもかなりの広さがある。造りは割とシンプルで、境内南端入口から長い参道が伸び、駐車場を兼ねた広場を通ると、二階建ての楼門と翼殿で囲われた神域がある。やはり、楼門から始まる社殿周りの造りが特徴的で、楼門前にも境内社などいくつかのみどころが散在している。
今回は、山口県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の夕方で、時間が遅かったこともあり、自分以外には参拝者は見掛けなかった。
境内南端入口の<鳥居>と<社号標>。
参道をしばらく進むと、両側がぱっと開ける。広場は駐車場にもなっている。
参道の先に、特徴的な二階建ての<楼門>が見えてくる。
参道右側の<手水舎>。
楼門前左側の<狛犬>。やや西洋風の外観。
楼門前右側の<狛犬>。西洋風?中東風?いずれにせよ日本ぽくなくて個性的。
<楼門>全景。ほどよく年季が入った木造の躯体と、緑色の銅板葺屋根のコントラストが良い。
楼門をくぐると、すぐ目の前に建っている<拝殿>。
楼門をくぐったところから左前方の眺め。拝殿の左側に<授与所>などがある。
楼門をくぐったところから右前方の眺め。社殿を中心とした神域は、楼門と繋がる東西廻廊で囲われている。
<拝殿>正面。太い注連縄が立派。扁額には「光格殿」とある。
授与所前から<楼門>方向を望む。
拝殿に向かって右手にある建物。<祓戸>かな。
拝殿の右側に繋がっている<神輿蔵>。
拝殿に向かって右手端にある<伊勢神宮遙拝所>。
楼門の並び内側にある<御神馬>。
神域の最後に<社殿>全景。(拝殿後ろの<本殿>がチラッと見える。)
神域の外側を東側から見て廻る。こちらは<水神社>。
つづいて<若宮神社>。
楼門の前を抜けて西側に廻る。これは名松と石碑。「靈松号立松」と刻んであるのかな。
こちらは<ペトログラフ>。「古代文字彫刻の磐座」との説明がある。
回廊の西端の前に建つ<大歳神社>。灯籠&狛犬付き。
大歳神社の近くにある<七福神像>。
最後に、当社の特徴的な建物である<楼門>。彫刻もほどよく美しい~♪ (^▽^)/
下関(旧市内)神社御朱印マップでツアー!
再開初っ端! 彦島八幡宮でございます。
境内に古代文字が描かれてる岩🪨を御神体に祀るペトログリフがあり御朱印もあります。
※ペトログリフ、ペトログラフとは同一ではないとの事。日本では混合される事が多いらしい。
こちらの御朱印には『ペトログリフ』とありますので投稿ではそちらにしてます。 案内板等は『ペトログラフ』とあります。
正面鳥居⛩
参道と楼門
花手水舎💐🌼🌸
花手水舎💐🌼🌸
手水舎
神水
神水の中に栗🌰
狛犬と紅葉🍁
狛犬と手水舎
楼門
拝殿
神額
御神体 古代文字ペトログリフ
古代文字
境内には砂紋が施されており綺麗です。
御神馬
宮司さんのお言葉
名称 | 彦島八幡宮 |
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読み方 | ひこしまはちまんぐう |
通称 | 子安八幡宮 |
参拝時間 | 授与所:09:00〜17:00 |
参拝にかかる時間 | 約15分 |
参拝料 | なし |
トイレ | あり |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 083-266-0700 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://www.hikoshima-guu.net/ |
SNS |
ご祭神 | 《主祭神》 応神天皇 《配祀神》 神功皇后 仲哀天皇 仁徳天皇 |
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ご神体 | 神鏡(現存しているかは不明) |
創建時代 | 保元二年(1157年) |
創始者 | 不詳 |
本殿 | 権現造 |
体験 | 祈祷おみくじお宮参り七五三御朱印お守り祭り伝説花手水 |
概要 | 彦島八幡宮(ひこしまはちまんぐう)は、山口県下関市彦島にある神社。彦島の総鎮守。 |
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歴史 | 歴史[編集] 1159年(平治元年)10月に彦島開拓の祖・河野通次が、海中から八幡菩薩が刻まれた銅鏡(御正体・懸仏)としての御神体を引き上げ、それを祠に祀って宇佐神宮から勧請したのが創始とされる[1]。10月の秋の例大祭で行われる860余年の伝統を持つ下関市無形民俗文化財「サイ上リ神事」では、その場面が再現される[2][3]。4代後の道久の代である1349年(正平4年)に現在地へと遷座した[1]。 造船、漁業関係者の崇敬を篤く受けてきた他、安産の神「子安八幡」などとしても崇められてきた[1][4]。 ^ a b c 引用エラー: 無効な タグです。「yuisho」という名...Wikipediaで続きを読む |
行事 | 祭事[編集] 1月1日 - 歳旦祭並びに新年拝賀、初太鼓 1月3日 - 元始祭 1月第2月曜日 - 成人祭 2月3日 - 節分祭追儺式 2月11日 - 紀元祭並びに建国奉祝式典 2月17日 - 祈年祭 2月23日 - 天長祭 3月15日 - 南風泊恵比須神社例祭 4月第1土日 - 竹の子島金刀比羅宮例祭 4月9日 - 六連島八幡宮荒神祭 4月中旬土曜日 - 船島神社例祭並びに佐々木小次郎慰霊祭 4月15日 - 彦島地区戦没者慰霊祭 5月5日 - 子供祭 5月上旬連休中 - 塩釜神社例祭 5月第3土日 - 福浦金刀比羅宮例祭 6月10日 - 海士郷恵美須神社例祭 6月下旬 - 奉賛会総会 ...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「彦島八幡宮」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%BD%A6%E5%B3%B6%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE&oldid=100063292 |
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