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2026年01月18日(日) 23時17分 byInsidious
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三尾川八幡神社
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小川八幡神社
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みとがわはちまんじんじゃ
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おがわはちまんじんじゃ
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当社は応神天皇を主祭神とし、古座川町大字三尾川の総社である。 確たる記録なく創建年代等不詳であるが、古老の言伝等によると、凡そ700年程前、当村の旧富豪大仲家の祖先が京都より移住し、現在社地の頂上に大宮八幡宮と称し奉祀し、毎年8月15日例祭を行っているのを、享保年代に至り、山の中腹に遷し、村中の氏神として八幡宮と称した。 それより毎年正月2日、8月15日、11月15日を例祭と定め、各祭典毎に氏子より各初穂5合・野菜若干が奉納され、濁酒を汲み五穀の豊饒国家安康氏子安全を祈願し、或は五穀豊饒を奉謝するを慣例とした。 安永の頃に至り拝殿を建設し、氏子青年を集めて若連中を組織し、各祭典に奉仕し、正月2日は弓術を奉納、8月15日は獅子舞を奉納、11月15日は相撲を奉納することと定め、以来当社の慣例となったといい伝えられている。 明治6年4月村社に列格される。 明治43年2月17日許可を得て三尾川村大字蔵土住吉神社を除き、他の各字、洞尾・大川・長追・南平及び三尾川に奉祀する各神社13社を合祀する。 現在の社殿は昭和6年に修復されたものである。 本殿の両脇の御神燈の石燈篭は、享保12(1727)年、宝暦11(1761)年の彫文字が窺がえる。
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当杜の創立及び由緒は不詳であるが、社伝によると文化12(1816)年乙亥3月再建、明治32年11月改造、明治6年4月村杜に列すとある。 江戸時代天保年間に編纂された『紀伊続風土記』によると、当社八幡神社の鎮座する古座川町大字長洞尾は、小川谷郷・長洞尾村(知也宇宇都遠)と称されており、長洞尾村の条に「産土神社 社地除地 春日社 八幡宮 二社外屋を一にして村中にあり一村の氏神なり」とあり、御社殿は1殿にて春日大神・八幡大神を奉祀していた。 『東牟婁郡誌』所収の明治6年調神社によると「八幡社 長洞尾村」とあり、この頃には長洞尾村の氏神を八幡社と称していたことがわかる。
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紀伊本線:古座駅 から車で30分
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旧村社
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10月第2日曜日 例祭