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2023年04月07日(金) 09時36分 by神祇伯
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藤原宗忠は、天仁二年十月十八日に、有田川に架かる仮橋を渡って、伊止賀(いとが)坂を登っていますが、王子の名は、その時の日記には書かれていません。 それから百年後、藤原定家は後鳥羽上皇の熊野御幸に随行して、「いとカ王子」に参っています。「糸我」王子と正しく書いたのは、藤原頼資(よりすけ)の日記です。頼資は修明門院に随行して、承元四年四月二十五日に。この王子社に参拝しています。糸我王子社は近世には廃絶していたらしく、「紀伊続風土記」に、「廃糸我王子」と記されています。また、この付近には、江戸時代に「水王子社」と「上王子社」がありましたが、地元では上王子社を糸我王子社に比定しています。両王子社は明治時代、稲荷神社に合祀されましたが、平成七年、愛郷会の人たちによって、当地に糸我王子社として再建されました。[有田市観光協会HPより引用]
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参拝自由
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あり
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なし
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約3分
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なし
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平成7年(再興)
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不詳
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切妻造
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九十九王子
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不詳