たかおかせきのじんじゃ
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高岡関野神社ではいただけません
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高岡関野神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年01月05日(木)
参拝:2021年11月吉日
【越中國 式内社巡り】(過去の参拝記録)
高岡関野神社(たかおか・せきの~)は、富山県高岡市末広町にある神社。式内社で、旧社格は県社。本殿は3棟あり、祭神は国常立尊、保食神、天照皇大神、三毛入命(以上、神明社)、伊弉冉尊、事解男命、速水之命、素戔嗚命(相殿)、軻遇突智(相殿) (以上、熊野社)、稲荷大神、菅原道真公、前田利長公(以上、稲荷社)。別名は「高の宮」。例祭の「高岡御車山祭」の御車山行事は国指定の重要無形民俗文化財。
創建は不詳。江戸時代後期までは加久彌神社(神明社)、関野神社(熊野神社)、高岡神社(稲荷社)の3社は別々の場所にあったが、1806年に現在位の同一境内に祀られるようになり、合わせて「関野三社」と呼ばれた明治に入り、加久彌神社は関野神社に合祀され郷社に列し、高岡神社は県社となったが、1919年に関野神社に高岡神社を合祀し、現在の「高岡関野神社」となった。なお、加久彌神社は、平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「越中國 射水郡 加久弥神社 二座 小」の論社となっている。(もう一つの論社は、「加久弥神社」(富山県氷見市神代))。
当社は、JR氷見線・城端線・あいの風とやま鉄道・高岡駅の北西400mの平地の市街地にある。大都市・高岡市のメイン駅・高岡駅近くにもかかわらず境内は広く、周囲と隔絶した神聖な空気感がある。当社の特徴としては、過去の神社集約・合祀の歴史から、別々の本殿が3つある。また、大きな拝殿の後ろに幣殿があるが、幣殿のすぐ後ろには本殿はなく、距離を開けたところに3つの鳥居と3つの本殿があるという造りになっている。
今回は、越中國の式内社、福井県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は平日の午前中で、我々以外には参拝者は見掛けなかった。
境内北西端入口の<一の鳥居>と<社号標>。
一之鳥居の手前右側にある<神馬>。
参道進むと<二の鳥居>。
やがて石製の玉垣で囲われた部分に入る。
玉垣入口の左手にある、もう一つの入口の鳥居。むむ、なぜ色が朱色?
赤い鳥居をくぐって左側にある<狛狐>。むむ、なぜ狛狐?稲荷神社があるのかな?
→3棟ある本殿の1つが稲荷社。
→3棟ある本殿の1つが稲荷社。
赤い鳥居をくぐって右側にある<狛狐>。
元の参道に戻って、石製瑞垣の中に入り、参道右側にある<撫で牛>。むむ、天満宮もあるのかな?
→3棟ある本殿の1つ、稲荷社には菅原道真公が合祀されている。
→3棟ある本殿の1つ、稲荷社には菅原道真公が合祀されている。
参道左側の授与所。御朱印はこちら。
参道左側の<手水舎>。
参道右側の<絵馬堂>。
<拝殿>全景。なかなか大きく堂々とした構え。
参道左側の<狛犬>。青銅製の豪華なもの。
参道右側の<狛犬>。そういえば、当社は青銅製の奉納物が多い。
<拝殿>正面。
<拝殿>内部。左右2種類の扁額が掛かっている。
珍しいことに、拝殿内部、左前方に<随神像>
右前方にも<随神像>。
拝殿後方の<幣殿>。あれ、拝殿で切れていて本殿がない?
幣殿の、はるか後方に建つ3棟の<本殿>。幣殿の脇からしか見えない珍しい造り。
左から順に、<加久彌神社本殿>、<関野神社本殿>、<高岡神社(稲荷社)本殿>。
左から順に、<加久彌神社本殿>、<関野神社本殿>、<高岡神社(稲荷社)本殿>。
瑞垣の外、社殿右脇にある<鳥居>と「」大國社と刻まれた<社号標>。
鳥居をくぐって進み、突き当りにある<大黒社>。
大黒社の右隣に建つ<神輿殿>(に見える)。ただし、Google Mapでは<弥真進社>と記載されている。
神輿殿の右側にある境内社。表札はないが、Google Mapによると<松尾社>らしい。(^▽^)/
すてき
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惣一郎1269投稿
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