あさいじんじゃ
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楽しみ方浅井神社のお参りの記録一覧

越中国礪波郡の式内論社です。養老元年に創建の1000年以上を数える古社で、一級河川になっている小矢部川が暴れ川だったため、その鎮静のために建てられたと伝えられています。小矢部川の沿岸沿いに水田地域は広がっているため、川の氾濫は稲作に大ダメージを与えてしまうのが目に見えており、当社は大きな役割を持っていたことが窺えます。

《一の鳥居と社号碑》
道に看板があるためすぐにたどり着けます。

《参道途中の社号碑》


《参道の杉並木》
巨大な杉の木が参道に並び、これらは天然記念物に指定されています。

これだけの巨木に育つほどに土地が富んでいる、ということなんでしょうね。

《二の鳥居》

《宝物庫》

《授与所》
普段は無人のようです。

《手水舎》
水は枯れています。洗ひつるここも・・・(略)


《大ケヤキ跡》
こちらにあった大ケヤキは樹齢1200年を数える大木で、昭和9年に落雷を受けて3つに裂かれて1幹だけ残されても生存していたため、昭和40年に天然記念物にしていされていました。しかし平成25年に倒壊してしまい天然記念物は解除されてしまいました。

《拝殿》
こちらも神仏習合時代には仏教色の強い神社だったようで、拝殿の形は同国一宮である二上射水神社と同じ社殿の形です。

《賽銭箱》

《扁額》

こちらも社殿自体はとても古めかしいですが、管理が行き届いているためボロボロな雰囲気を感じさせません。これがわびさび・・・

《本殿》
神明造です。


《大ケヤキ跡②》
👁チェックポイント‼️
社殿の横にもケヤキの跡だと思われる切株があり、由緒書きによるとこのケヤキは同種より早くに葉を生やし、早くに落葉するそうです。北陸は雪深い地方ですから太平洋側より稲作の予定が遅れるため、このケヤキの葉の茂り具合でその年の豊作具合を占っていたそうです。予祝行事として稲作の豊凶を占う神事は多いですが、人の手の入らない自然の流れを観測するより古い慣習に由来するものですね。
そして切り株がどう見ても恐竜の足跡にしか見えん・・・

《害獣の檻》

《境内》
本殿の奥には地蔵や神主家の奥津城があり、この辺りが仏教色の名残として感じられます。ちなみに通称の「川人の宮」は神主家である川人氏に関連性が見られます。
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