かぐらざかわかみやはちまんじんじゃ
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神楽坂若宮八幡神社の編集履歴
2020年12月02日 23時17分
ご由緒
若宮八幡宮は若宮坂の上若宮町にあり(或は若宮小路ともいへり)別当は天台宗普門院と号す 傅ふに文治五年の秋右大将源頼朝公奥州の藤原泰衡を征伐せんが為に発向す其の時当所にて下馬宿願あり後奥州平治の後当社を営鎌倉鶴岡の若宮八幡宮を移し奉ると云へり(若宮は仁徳天皇なり後に応仁天皇に改め祭ると云ふ)文明年間太田道灌江戸城鎮護の為当社を再興し社殿を江戸城に相対せしむるなり当社は文明の頃迄は大社にして神領等あり美れいなりしという
神域は黒板塀の神垣南に黒門あり門内十歩狛犬一対(明和八年卯年八月奉納とあり)右に天水釜あり拝殿は南に面する瓦葺破風造梁間桁行三間向拝あり松に鷹象頭に虎を彫る『若宮八幡神社』の横額源正哥謹書とあり揚蔀にて殿内格天井を組み毎格花卉を描く神鏡晶然として銅鋼深く鎮せり以て幣殿本社に通ず本社は土蔵造りなり
本殿東南に神楽殿あり瓦葺梁間二間桁行二間半勾欄付『神楽殿』の三字を扁し樵石敬書と読まる背景墨画の龍あり落款梧堂とあり境内に銀杏の老樹あり
明治二年神佛混淆の禁令あるや別当光明山善門院(山州男山に同じ)復飾して神職となる
例大祭は九月十五日(中祭五月十五日 小祭一月十五日)に行われ社務所は本社の東に在り
現在氏子は若宮町神楽坂一丁目二丁目三丁目の四ヶ町なり
御朱印
あり
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