津の守弁財天のお参りの記録一覧東京都 曙橋駅
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津の守弁財天は、江戸時代の美濃国高須藩主松平摂津守がこの地域を拝領し上屋敷を構えた際に創建されたとされます。創建年代は不明ですが、伝説に基づくと、江戸時代中期にはこの地域の池のほとりに弁天祠があったと伝えられています。
● 策の池と弁財天
弁財天は、学問や音楽の神として親しまれており、この地域では芸妓が多かったこともあり、長らく地元住民に親しまれてきました。池の名は「策の池」といい、徳川家康が鷹狩りの際に策を洗った井戸水が滝となり、池に注いだことに由来しています。この池は江戸八井の一つとして庶民に愛されていました。
● 明治時代の変遷
明治5年に荒木町として開発され、この地域は住民が自由に立ち入ることができるようになりました。弁財天は再び人々に親しまれるようになり、社名の「津の守」は、藩主であった摂津守に由来しています。昭和31年には現在の地に遷座され、再建されました。
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