こんちいん
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金地院ではいただけません
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金地院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年09月07日(木)
参拝:2023年8月吉日
🌼金地院(こんちいん)に参拝させて頂きました🙏🌸東京都港区の、都営三田線御成門駅・都営大江戸線赤羽橋駅・東京メトロ日比谷線神谷町駅より徒歩7分の地にある、臨済宗南禅寺派の寺院。東京タワー🗼の麓にあります。
🌺当寺院は徳川家康の政治顧問であった高僧の金地院崇伝(以心崇伝、1569-1633年)が元和5年(1619年)、江戸城北の丸に創建し、京都の南禅寺金地院と共に住職を兼務した。現在地へは寛永16年(1639年)に移りました。本堂は近代的なものとなっているが、八戸藩及び七戸藩の藩主南部家の大規模な墓所が残っています。
☘️江戸における拠点として与えられたのが当院の由来である。以心崇伝は京都では南禅寺塔頭の金地院を居所としており、江戸での居所も「金地院」と称した。そのため、以心崇伝は別名「金地院崇伝」ともいわれています。
🌷これまで当院は江戸城内に置かれていたが、以心崇伝の死後の1638年(寛永15年)に現在地に移転した。江戸時代の当院は独立性が高く、現在でいうところの「臨済宗系単立寺院」であったが、明治になり、関係の深かった南禅寺に属することになりました。
🪷1945年(昭和20年)の東京大空襲にて本堂が焼失し、1956年(昭和31年)に再建された。
🍁所在地: 東京都港区芝公園3-5-4
☘️江戸における拠点として与えられたのが当院の由来である。以心崇伝は京都では南禅寺塔頭の金地院を居所としており、江戸での居所も「金地院」と称した。そのため、以心崇伝は別名「金地院崇伝」ともいわれています。
🌷これまで当院は江戸城内に置かれていたが、以心崇伝の死後の1638年(寛永15年)に現在地に移転した。江戸時代の当院は独立性が高く、現在でいうところの「臨済宗系単立寺院」であったが、明治になり、関係の深かった南禅寺に属することになりました。
🪷1945年(昭和20年)の東京大空襲にて本堂が焼失し、1956年(昭和31年)に再建された。
🍁所在地: 東京都港区芝公園3-5-4
すてき
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