うめだしんめいぐう
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楽しみ方梅田神明宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月14日(土) 14時35分27秒
参拝:2026年3月吉日
細い道を通って社頭に出ました。隣に参拝者用の駐車場が有りますが、社務所で許可がいるようです。暗い狭い参道の先の拝殿も社叢の緑に隠れるようです。社務所に寄ると外祭で不在。本日は参拝のみにしました。
創建は、慶長年間に地主神が勧請されたと伝えられ、明暦・宝暦の江戸の両大火の折、芝神明宮の御神体を一時的にこちらに遷座されたことから、神明社として建立されたものです。江戸後期の天保十一年に井上正鐡翁が宮司として仕え息の行法を以て神道の極意を伝へた禊教発祥の霊場となっています。瞬く間に評判になり、幕府が倒幕の機運の兆しとして恐れ、宮司はじめ弟子等を捕縛。井上宮司は三宅島へ遠島となり、その後三宅島で生涯を終えています。いずれの世も新しい宗教は弾圧されるのだな~神社へ参拝はするが、宗教的過ぎるのは未だ理解はできないかな?
お墓はこの後参拝する梅田稲荷神社、他谷中霊園・三宅島にあります。
創建は、慶長年間に地主神が勧請されたと伝えられ、明暦・宝暦の江戸の両大火の折、芝神明宮の御神体を一時的にこちらに遷座されたことから、神明社として建立されたものです。江戸後期の天保十一年に井上正鐡翁が宮司として仕え息の行法を以て神道の極意を伝へた禊教発祥の霊場となっています。瞬く間に評判になり、幕府が倒幕の機運の兆しとして恐れ、宮司はじめ弟子等を捕縛。井上宮司は三宅島へ遠島となり、その後三宅島で生涯を終えています。いずれの世も新しい宗教は弾圧されるのだな~神社へ参拝はするが、宗教的過ぎるのは未だ理解はできないかな?
お墓はこの後参拝する梅田稲荷神社、他谷中霊園・三宅島にあります。

昭和二十四年(1949)奉納の社号標


鳥居

由緒書

参道

明治三十一年(1898)建立の禊教師井上正鐵碑

手水舎

文化十二年乙亥(1815)奉納の手水鉢


明治七年(1874)造営の拝殿

本殿


境内社 井上神社


禊教教祖旧宅
すてき
投稿者のプロフィール

サンダー2502投稿
2020年2月に九州旅行の折に熊本城へ行き、復興のつもりで始めました。そんな中、コロナウィルスが流行し100日参りをして病気平癒を願って参拝していましたが、さすがに外出できず途中で断念。 落ち...もっと読む
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