御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方本智院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月25日(木) 22時09分47秒
参拝:2026年6月吉日
🙏🏻本智院(滝野川不動尊)
の境内、道沿いで見かけた身代地蔵尊。
滝野川不動尊(本智院)は、実は江戸の真ん中から何度も引っ越しをして現在の場所にたどり着いた、400年以上の深い歴史を持つお寺だそうです。
江戸時代初期(1615〜1624年頃)元和(げんな)年間に、現在の東京都中央区八丁堀にお寺が建てられる。
江戸中期(1657年頃)
江戸の街の大部分を焼き尽くした「明暦の大火(振袖火事)」によって、お寺が焼失してしまう。その後、浅草へと移転し、地域で有名な鳥越神社の管理を行うお寺(別当寺)として長く信仰を集める。
大正10年(1921年)
浅草から現在の北区滝野川へと移転。もともとこの場所にあった「成田山教会所(成田山のお不動さまを信仰する場所)」と合併したことで、現在の「滝野川不動尊」と呼ばれる形になる。
「江戸三大」という石碑は、お寺がかつて八丁堀や浅草といった江戸の中心地で長く人々の苦しみや願いに寄り添ってきた歴史があるからこそ。
境内には、浅草から引っ越してくる際(大正時代)にいっしょに運ばれてきた、1667年(寛文7年)製の歴史ある石造りの大日如来坐像も残されている。
の境内、道沿いで見かけた身代地蔵尊。
滝野川不動尊(本智院)は、実は江戸の真ん中から何度も引っ越しをして現在の場所にたどり着いた、400年以上の深い歴史を持つお寺だそうです。
江戸時代初期(1615〜1624年頃)元和(げんな)年間に、現在の東京都中央区八丁堀にお寺が建てられる。
江戸中期(1657年頃)
江戸の街の大部分を焼き尽くした「明暦の大火(振袖火事)」によって、お寺が焼失してしまう。その後、浅草へと移転し、地域で有名な鳥越神社の管理を行うお寺(別当寺)として長く信仰を集める。
大正10年(1921年)
浅草から現在の北区滝野川へと移転。もともとこの場所にあった「成田山教会所(成田山のお不動さまを信仰する場所)」と合併したことで、現在の「滝野川不動尊」と呼ばれる形になる。
「江戸三大」という石碑は、お寺がかつて八丁堀や浅草といった江戸の中心地で長く人々の苦しみや願いに寄り添ってきた歴史があるからこそ。
境内には、浅草から引っ越してくる際(大正時代)にいっしょに運ばれてきた、1667年(寛文7年)製の歴史ある石造りの大日如来坐像も残されている。
すてき
投稿者のプロフィール
たまさぶ114投稿
2025年の初詣から神社仏閣巡御朱印集め始めました! 主に首都圏をチョロチョロ巡ってますが、いずれは参拝目当ての旅行もしたいところです。 元々歴史散歩好きでしたが、趣味のロードバイクと合わせて自...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。








