おうじいなりじんじゃ
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楽しみ方王子稲荷神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月24日(水) 13時10分18秒
参拝:2026年6月吉日
⛩️王子稲荷神社
御祭神
宇迦之御魂神
宇気母智之神
和久産巣日神
御神徳(ご利益): 商売繁盛、五穀豊穣、火災除け、開運厄除
社格: 旧郷社
別称: 関東稲荷総司
創建: 不詳(少なくとも平安時代中期・1180年以前には鎮座)
旧称: 「岸稲荷」
かつて荒川の川幅が広く、その岸辺に鎮座していたことからそう呼ばれていた。
康平年間(1058年〜1065年):
源頼義が奥州追討の際に深く信仰し、当社に「関東稲荷総司」の称号を授けたと伝わる。
治承4年(1180年):
源頼朝が参拝。平家討伐の祈願として、名将・源義家(八幡太郎)の所持品だった「兜」「面頬(めんぼお)」「薙刀」などを奉納したと伝わっています(これらの宝物は、のちに徳川将軍家も上覧)
戦国〜江戸時代:
小田原北条氏の崇敬を受けたのち、江戸時代には徳川将軍家代々の祈願所(王子神社とともに別当寺・金輪寺の管轄)となり、江戸北部の信仰の中心地として隆盛を極める。
社殿の建築様式
建築様式: 権現造/ 八棟造
造営の歴史:
現在の拝殿・幣殿は、文政5年(1822年)に11代将軍・徳川家斉公の寄進によって建立された当時のものが今に遺っている。
建物の周囲には、蟇股(かえるまた)に彫られた十二支の動物や、正面向拝の獅子・虎、鳳凰などの非常に精巧で美しい装飾彫刻が施されており、隠れた見どころ。
なお、本殿は残念ながら昭和20年(1945年)の空襲で焼失してしまい、現在の本殿は昭和35年(1960年)に再建されたもの。
所蔵文化財
『額面著色鬼女図(がくめんちょしょくきじょず)』【国指定重要美術品】
天保11年(1840年)、江戸の砂糖商組合(住吉明徳講)が、のちに天才絵師・蒔絵師として名を馳せる**柴田是真に委嘱して奉納した巨大な絵馬です。渡辺綱に切り落とされた腕を、鬼女が叔母に化けて取り返し、空へ飛び去る凄みのある瞬間が描かれており、是真の出世作として有名です。
天井画『板絵着色竜図』
拝殿および幣殿の格天井には、江戸時代後期の偉大な文人画家のひとり、谷文晁による見事な竜の絵が描かれている。
王子稲荷神社には氏子地域というものが無いそう。
神社があるエリア一帯は、すぐ近くにある「王子神社(王子権現)」の氏子地域にあたります。氏子を持たないながらも、関東一円の信仰を集める総社として、江戸時代から現在まで独立して護られてきた特別な神社。
【狐の伝説と広重の浮世絵】
古くから「大晦日の夜に関東一円の狐が集まり、近くの榎(装束榎)の下で装束を整えて王子稲荷神社へ参拝した」という伝説が残っている。その際、狐が灯す「狐火」の数で翌年の豊凶を占ったとされ、歌川広重の名所江戸百景『王子装束ゑの木大晦日の狐火』にも描かれている。
【江戸からの伝統「凧市」】
毎年2月の初午・二の午(年によっては三の午も)に開催される「凧市」が有名。江戸時代に頻発した火事から身を守るため、「風を切って高く揚がる凧」を火事除けのお守り(火防の凧)として授与したのが始まりで、今でも多くの人で賑わう。
御祭神
宇迦之御魂神
宇気母智之神
和久産巣日神
御神徳(ご利益): 商売繁盛、五穀豊穣、火災除け、開運厄除
社格: 旧郷社
別称: 関東稲荷総司
創建: 不詳(少なくとも平安時代中期・1180年以前には鎮座)
旧称: 「岸稲荷」
かつて荒川の川幅が広く、その岸辺に鎮座していたことからそう呼ばれていた。
康平年間(1058年〜1065年):
源頼義が奥州追討の際に深く信仰し、当社に「関東稲荷総司」の称号を授けたと伝わる。
治承4年(1180年):
源頼朝が参拝。平家討伐の祈願として、名将・源義家(八幡太郎)の所持品だった「兜」「面頬(めんぼお)」「薙刀」などを奉納したと伝わっています(これらの宝物は、のちに徳川将軍家も上覧)
戦国〜江戸時代:
小田原北条氏の崇敬を受けたのち、江戸時代には徳川将軍家代々の祈願所(王子神社とともに別当寺・金輪寺の管轄)となり、江戸北部の信仰の中心地として隆盛を極める。
社殿の建築様式
建築様式: 権現造/ 八棟造
造営の歴史:
現在の拝殿・幣殿は、文政5年(1822年)に11代将軍・徳川家斉公の寄進によって建立された当時のものが今に遺っている。
建物の周囲には、蟇股(かえるまた)に彫られた十二支の動物や、正面向拝の獅子・虎、鳳凰などの非常に精巧で美しい装飾彫刻が施されており、隠れた見どころ。
なお、本殿は残念ながら昭和20年(1945年)の空襲で焼失してしまい、現在の本殿は昭和35年(1960年)に再建されたもの。
所蔵文化財
『額面著色鬼女図(がくめんちょしょくきじょず)』【国指定重要美術品】
天保11年(1840年)、江戸の砂糖商組合(住吉明徳講)が、のちに天才絵師・蒔絵師として名を馳せる**柴田是真に委嘱して奉納した巨大な絵馬です。渡辺綱に切り落とされた腕を、鬼女が叔母に化けて取り返し、空へ飛び去る凄みのある瞬間が描かれており、是真の出世作として有名です。
天井画『板絵着色竜図』
拝殿および幣殿の格天井には、江戸時代後期の偉大な文人画家のひとり、谷文晁による見事な竜の絵が描かれている。
王子稲荷神社には氏子地域というものが無いそう。
神社があるエリア一帯は、すぐ近くにある「王子神社(王子権現)」の氏子地域にあたります。氏子を持たないながらも、関東一円の信仰を集める総社として、江戸時代から現在まで独立して護られてきた特別な神社。
【狐の伝説と広重の浮世絵】
古くから「大晦日の夜に関東一円の狐が集まり、近くの榎(装束榎)の下で装束を整えて王子稲荷神社へ参拝した」という伝説が残っている。その際、狐が灯す「狐火」の数で翌年の豊凶を占ったとされ、歌川広重の名所江戸百景『王子装束ゑの木大晦日の狐火』にも描かれている。
【江戸からの伝統「凧市」】
毎年2月の初午・二の午(年によっては三の午も)に開催される「凧市」が有名。江戸時代に頻発した火事から身を守るため、「風を切って高く揚がる凧」を火事除けのお守り(火防の凧)として授与したのが始まりで、今でも多くの人で賑わう。

お書き入れ

王子周辺ほ起伏が激しく、住宅街は狭く入り組んでいるところが多いのでワクワクします。


王子稲荷神社到着


境内神社の下にはいなり幼稚園

男坂・女坂

市杵島神社(いちきしまじんじゃ) / 弁財天
表参道の石段(男坂・女坂)を登る手前、右側の幼稚園の敷地近くに鎮座しています。
宗像三女神の一柱である市杵島姫神(弁財天)を祀っており、かつては滝が流れ落ちる弁天池が整備されていました。お社の前には、宝暦11年(1761年)に奉納された、苔むした風情のある古い狛犬が守りを固めています。
表参道の石段(男坂・女坂)を登る手前、右側の幼稚園の敷地近くに鎮座しています。
宗像三女神の一柱である市杵島姫神(弁財天)を祀っており、かつては滝が流れ落ちる弁天池が整備されていました。お社の前には、宝暦11年(1761年)に奉納された、苔むした風情のある古い狛犬が守りを固めています。

拝殿






本宮稲荷神社(ほんぐういなりじんじゃ)
本殿の右奥に進むと見えてくるのが「本宮」
現在の社殿が建てられる前、古くから王子稲荷神社の社殿が置かれていた元々の神聖な場所。
江戸時代には、神仏習合の影響で、お稲荷さんの本来の姿(本地仏)とされる「十一面観音」が祀られていました。
本殿の右奥に進むと見えてくるのが「本宮」
現在の社殿が建てられる前、古くから王子稲荷神社の社殿が置かれていた元々の神聖な場所。
江戸時代には、神仏習合の影響で、お稲荷さんの本来の姿(本地仏)とされる「十一面観音」が祀られていました。




三社殿

嬉野森稲荷神社



御石様: 三社殿のすぐ左隣にあります。願い事を念じながら持ち上げ、予想よりも「軽い」と感じたら願いが叶いやすく、「重い」と感じたらまだ努力が必要という、いわゆる「おもかる石」です。

軽かった!

御穴様: 御石様の横にある狭い石段をさらに上に登った最奥にあります。かつてこの一帯が杉の大木に覆われていた頃、神の使いである狐たちが暮らしていたとされる神秘的な「狐穴の跡」

狐の穴跡


御穴様から見下ろす
すてき
投稿者のプロフィール
たまさぶ111投稿
2025年の初詣から神社仏閣巡御朱印集め始めました! 主に首都圏をチョロチョロ巡ってますが、いずれは参拝目当ての旅行もしたいところです。 元々歴史散歩好きでしたが、趣味のロードバイクと合わせて自...もっと読む
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