いちもりおおとりじんじゃ
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楽しみ方市守大鳥神社のお参りの記録一覧
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甲州街道沿いに鎮座しています。
古くは「市神社」「市守稲荷」「出世稲荷」などと呼ばれていました。
天正18年(1590)八王子城落城後、横山宿辺りに地割が行われ、今日の八王子の市街地の原型が出来上がったといわれています。そして横山宿では毎月4のつく日に、八日市宿では8のつく日に市が開かれました。この市の取引の平穏無事を守り、人々に幸せを与える市神として倉稲魂命が祭られました。
当社縁起によると、御神体の覆い箱の裏面には「人皇五代孝昭天皇勅願」と「長田作左衛門」との記載があり、北条氏照家臣・長田氏の守護神にして京都伏見稲荷の分霊であるとあります。
北条氏照家臣「長田作左衛門」とは、八王子城落城後、前田利家に従って横山村の地に今の八王子市の基礎を建設した功労者であります。
利家は、彼が八王子城下に長く住んで当地域の情況に精通していたことを知り、城下町の復興を頼みました。作左衛門は弓矢を捨て、町民や野武士を招き集め横山宿をつくり、市場を開いたといいます。
一説に、市守神社には長田作左衛門を併祀したと言われています。
その後、江戸時代中期に授福開運の神として天日鷲命が配祀されました。毎年11月の酉の日に「酉の市」が執り行われています。
【参考】
八王子を中心とせる郷土偉人伝/清水庫之裕 著

御陵から国道20号線で八王子市の市街地方向へ。京王八王子駅のすぐ近くに鎮座されている市守大鳥神社様へあがらせていただきました。倉稲魂命(市守神社)と天日鷲命(大鳥神社)を御祭神としてお祀りしています。創建は天正十八(1590)年、豊臣秀吉の天下平定戦によって八王子城は落城しました。戦後、市場の再開と物資の調達が急務となり現在の横山、八日、八幡の各町の辺りに大胆な地割れが行われ、現在の八王子市街地の原型が出来上がりました。そして、横山宿、八日市宿では毎月六斎市が行われるようになりました。その市神として倉稲魂命が祀られたのが市守神社の始まりといわれています。そして江戸時代の中期になるとそこに天日鷲命が配祀されました。現在でも酉の市として11月は賑わっているようです。
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酉の市ということで初めて参拝させていただきました。
人、多かったですねぇ。。。
酉の市自体が初めてだったという事もあり、テレビでよく見る熊手を購入した時の掛け声と拍子木の音が生で聞けたことにちょっと『おぉ!』となっていた自分がいました。
久しぶりにお祭りの雰囲気を味わった気がします。※お祭りにはあまりいかないタイプなもので(^^;
いい経験ができ、純粋に楽しかったです。
御朱印は2種類あり『家内安全と金運上昇 どちらがいいですか?』と聞かれたのでちょっと迷いましたが家内安全をいただきました。
ただ。。。。次の方はなぜか3種類から選んでたのでどういうことだ?という感じはしましたが。。。裏で一生懸命書いている方が見えたのでちょっと追いつかなかったかのかな?ということで。。。これも一つの縁として心のとどめたいと思いました(^^;)



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