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いいもりじんじゃ

飯守神社のお参りの記録(1回目)
東京都鶴川駅

投稿日:2025年10月05日(日) 13時44分16秒
参拝:2025年10月吉日
先に参拝した汁守神社と対の神社となります。多摩丘陵を越えるというかと尾中なのですが、行政区分は町田市になっています。多摩地域は行政区分が属していた時期もあり、境界が入り乱れています。公共交通機関で行くのはちょっと不便な地区ですので、先に汁守神社へ参拝したので、その対となっているこちらへも参拝する気になりました。神職が常駐していない神社ですので、時間を気にせずに参拝できるのはありがたい勧ことです。幕府旗本飯田次郎衛門重家が金光山観泉寺住職俊誉を招いて慶安三年(1650)遷宮と伝わていますので、大國魂神社の末社となっていた時期はいつの頃だろうか?飯田氏は旧武田家家臣で後に徳川家に仕えた人物です。家康は武田家を相当評価していて、旧家臣を相当数お抱えになっています。八王子の千人町には旧武田家臣を住まわせ甲州街道を守らせていました。裏山には重家の父飯田昌重の屋敷があったとされています。裏山への山道を進むと境内社武蔵御嶽神社があるのだが、今回は止めにしました。御朱印は後ほど本務社の本町田菅原神社にて拝受いたしました。
飯守神社(東京都)
飯守神社(東京都)
鳥居
飯守神社(東京都)
詩碑
飯守神社(東京都)
飯守神社(東京都)
飯守神社(東京都)
昭和三年(1928)奉納の燈籠
飯守神社(東京都)
飯守神社(東京都)
大正二年(1913)奉納の手水盤
飯守神社(東京都)
飯守神社(東京都)
昭和四十一年(1966)建立拝殿
飯守神社(東京都)
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扁額
飯守神社(東京都)
飯守神社(東京都)
拝殿側面
飯守神社(東京都)
文化七年(1810)建立の本殿、覆屋は昭和四十一年(1966)建立
この時期の領主は旗本岡部蔵之助・漆戸兵三郎、この二人により遷座再建されているので、この二人による造営かも?
飯守神社(東京都)
飯守神社(東京都)
飯守神社(東京都)
平成二十八年(2016)造営の神楽殿
飯守神社(東京都)
御神木

すてき

御朱印

書き置き 本町田菅原神社にて拝受
書き置き 本町田菅原神社にて拝受

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