御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方塔山庚申塔のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年02月08日(土) 12時14分21秒
参拝:2025年2月吉日
塔山庚申塔(石棒様)は、中野区中央にある小さなお堂に祀られた庚申塔です。現在の姿は、戦災で破壊された庚申塔を地元の人々が修復したものです。
● 庚申塔の歴史
庚申塔は元々、山手通りの旧道と成木街道・青梅街道の旧道が交差する場所に奉られていました。建立されたのは宝永5年(1708年)で、江戸時代中期のものです。
● 戦災による破壊と修復
昭和20年の太平洋戦争の爆撃により庚申塔は破壊されました。しかし、地元住民が石片を集めてセメントで固め、再び奉ったことで現在の姿になりました。この修復により、石の棒のような形になり、「石棒様」と呼ばれるようになりました。
● 奉安場所の変遷
庚申塔は何度か場所を移されています。戦前は現在の場所より南に約70mの位置にありました。かつてこの一帯は宝仙寺の境内で、戦前までは三重塔も存在していました。戦災で三重塔とともに庚申塔も被害を受けましたが、戦後に現在の中野区立第十中学校(現・中野東中学校)脇に移設されました。
● 庚申塔の歴史
庚申塔は元々、山手通りの旧道と成木街道・青梅街道の旧道が交差する場所に奉られていました。建立されたのは宝永5年(1708年)で、江戸時代中期のものです。
● 戦災による破壊と修復
昭和20年の太平洋戦争の爆撃により庚申塔は破壊されました。しかし、地元住民が石片を集めてセメントで固め、再び奉ったことで現在の姿になりました。この修復により、石の棒のような形になり、「石棒様」と呼ばれるようになりました。
● 奉安場所の変遷
庚申塔は何度か場所を移されています。戦前は現在の場所より南に約70mの位置にありました。かつてこの一帯は宝仙寺の境内で、戦前までは三重塔も存在していました。戦災で三重塔とともに庚申塔も被害を受けましたが、戦後に現在の中野区立第十中学校(現・中野東中学校)脇に移設されました。
すてき
投稿者のプロフィール

ひでどらごん1140投稿
鳥好きです。2011年~から拝受した御朱印をすべてホトカミにUPしています。 【初めての御朱印】 神田明神(東京都)平成23(2011)年 鳳凰の御朱印帳に惹かれて、御朱印の拝受を始めました。...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。












