なかめぐろはちまんじんじゃ
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楽しみ方中目黒八幡神社のお参りの記録一覧

正覚寺を出て駒沢通りの坂道を上り、左に曲がって暫くすると、
こんもりとした丘の上にあります。
緩やかな石段を上がると拝殿のある境内です。
南北に長い造りで境内まで楽しめます。
境内は広く、大きな木々も多く、「神社のお手本のような神社」でした。
御朱印を頂きに社務所にお邪魔すると曇天の合間から日が差してきて、
巫女さんも「わあ…。晴れましたね!!」と、ややテンション高めでした。

北側の入り口の鳥居です。

ゆったりとした参道

カラスの行水?

池の反対側にあるさざれ石

境内です。

先ほどの池の隣には、湧き水が出ていて、近隣の方がペットボトルに水を汲んでいました。

ご神木かな?
【同じ大きさの樹木が他にもあったので…】

右の狛犬さん

左の狛犬さん。

御朱印です【こちらでも直に書いて頂けました】

本日最後は中目黒八幡神社さんにお参りにあがりました。
少し行くと都会の喧騒ですが、閑静な住宅地に佇む都会のオアシスです。近くの方が何人もお参りに来ていました。
社殿もとても立派でした。
中目黒八幡神社
旧中目黒村全体の鎮守で、誉田別命(応神天皇)を主神とし、天照大神を合祀しています。
創建以来、幾度か火災にあい記録や資料に乏しく、創建年代は不明でが、江戸幕府が八幡信仰により農民との融和を深めるべく八幡神社建設を奨励した寛文時代(1660年頃)との推定があるそうです。
現在の延物は堂々とした八棟づくりで昭和11年9月の落成です。
この神社は昔から十二座の神楽を奏することで有名で、今でも毎年9月の例大祭(第3の土、日)には演目十二座の神楽が奏されています。
本殿の左側に神社の緑起などが刻まれている八幡神社の碑がありますが、文字は書道の大家豊道春海先生の書かれたものです。また境内には高さ30mをこえる榎の名木や、いちょう、けやき、しいなどの古木が茂り、泉が湧き出ている静寂な環境をつくっています。

参道と鳥居⛩️

神池

参道

手水鉢

さざれ石

手水舎

神楽殿

狛犬さん

狛犬さん

提灯🏮

拝殿

拝殿の扁額

拝殿内

由緒

御神木と社務所

御朱印受付

御神木


昔の手水舎


敬神塔


三峰神社 境内社

サザンカ?椿?

本殿

社務所側から拝殿

振り返り

直書き御朱印




24.11.28。先の正覚寺より徒歩5分。目黒区中目黒3丁目の閑静な住宅地に鎮座。
御祭神 誉田別命(応神天皇)
合 祀 天照大御神
創建年 不詳
社格等 旧村社
【ご由緒】〜当社の説明書きより〜
神仏習合の時代、当社は上目黒にある寿福寺が管理しておりました。しかし、寺が全焼したため、古い資料が焼失しています。当時の村指出銘細帳には、宝暦13年(1763)と弘化2年(1845)に、「上目黒村別当寿福寺の末に上目黒村鎮守八幡宮」の記載があり、氏子400戸、中目黒村境内地539坪の宮有地があると記載されています。
また、文政8年(1825)の『新編武蔵風土記稿』には、「中目黒八幡宮之50坪、村の西方小山の上に社あり、五尺四方にして、東北鳥居、村の総鎮守なり、祭礼9月18日十二座の神楽を奏す。」と記載されています。境内地の手水鉢には「文政十丁亥九月十八日」の刻印があり、江戸時代には、この地で当社が氏子崇敬者の篤い信仰を受けていたことが分かります。
閑静な場所柄か、当社の近辺には”キムタク”さん始め多くの著名人が住まわれている模様です。都会の中とはいえ、昔ながらの鎮守様感があり、癒される参詣でした。


社頭

社号標と鳥居
鳥居は昭和11年(1936)の建立。

表参道





手水舎

狛犬(阿形)

(吽形)

拝殿



神楽殿


↓

文政期の手水鉢

末社 三峰神社


遥拝所
伊勢神宮、皇居、橿原神宮、明治神宮、靖国神社を遥拝。



西参道(裏参道)
明治28年(1895)建立の鳥居。


社務所
直書きの素敵な御朱印を拝受しました。


東京都目黒区中目黒に鎮座する「中目黒八幡神社」は、江戸初期に創建されたとされる神社です。その創建年月日は正確には不詳ですが、江戸幕府が源氏の守護神である八幡信仰を通じて農民との融和団結を深めようとした寛文年間(1660年代)の創建説もあります。古老たちの伝えによれば、当初は名主たちが輪番で御神体をご奉祭していたと言われています。
●由緒と歴史
中目黒八幡神社に関する詳細な創建時期については、寿福寺が全焼し古い資料が焼失したため、詳しい記録は残っていません。しかし、宝暦13年(1763年)や弘化2年(1845年)には「上目黒村別当寿福寺の末に上目黒村鎮守八幡宮」との記載があり、当時の氏子数は約400戸、境内地は約539坪であったことが記録されています。
また、文政8年(1825年)の「新編武蔵風土記稿」には、「中目黒八幡宮五〇坪、村の西方小山の上に社あり、五尺四方にして、東北鳥居、村の総鎮守なり。祭礼九月十八日十二座の神楽を奏す。」と記されています。この記録からも、中目黒八幡神社が地域の中心的な存在であり、毎年9月の例大祭には十二座の神楽が奏されることがわかります。
現在の社殿は昭和11年(1936年)に竣工されたもので、長い歴史の中で幾度かの改修を経て、今も地域の信仰を集めています。
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