こんせんじ
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金泉寺ではいただけません
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金泉寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年05月05日(金)
参拝:2023年5月吉日
【亀光山(きこうざん)釈迦院(しゃかいん)金泉寺(こんせんじ)】
本尊:釈迦如来
宗派:高野山真言宗
開基:行基菩薩
金泉寺は、第45代 聖武天皇(在位724-749)の勅願で行基菩薩が天平の頃に「金光明寺(こんこうみょうじ)」として開いたとされる。その後、弘仁の頃(810-824)に弘法大師(774-835)が四国を巡教した際、日照りに苦しむ村人のために井戸を掘ったところ霊水が湧き出て、「長寿をもたらす黄金の井戸」とされたことから金泉寺と改められた。その後、第90代 亀山天皇(在位1260-1274)が法皇として金泉寺に滞在した際、京都の三十三間堂にならった堂舎を建立した。その由来で山号は亀光山となっている。
本尊:釈迦如来
宗派:高野山真言宗
開基:行基菩薩
金泉寺は、第45代 聖武天皇(在位724-749)の勅願で行基菩薩が天平の頃に「金光明寺(こんこうみょうじ)」として開いたとされる。その後、弘仁の頃(810-824)に弘法大師(774-835)が四国を巡教した際、日照りに苦しむ村人のために井戸を掘ったところ霊水が湧き出て、「長寿をもたらす黄金の井戸」とされたことから金泉寺と改められた。その後、第90代 亀山天皇(在位1260-1274)が法皇として金泉寺に滞在した際、京都の三十三間堂にならった堂舎を建立した。その由来で山号は亀光山となっている。
【03_T.Hamada's view】
観音堂
観音堂
【03_黄金の井戸】
井戸を覗いて顔がはっきりと見えれば長寿、ぼやけていると短命と言い伝えられる「黄金の井戸」は、弘法大師が掘ったとされる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)
井戸を覗いて顔がはっきりと見えれば長寿、ぼやけていると短命と言い伝えられる「黄金の井戸」は、弘法大師が掘ったとされる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)
【03_黄金の井戸】
大師堂奥の黄金地蔵尊の中に残っている。
大師堂奥の黄金地蔵尊の中に残っている。
【03_本堂】
【03_大師堂】
【03_仁王門】
【03_仁王阿形像】
【03_仁王吽形像】
【03_獅子の手水舎】
【03_倶利伽羅龍王(くりからりゅうおう)】
不動明王の化身とされる龍王
不動明王の化身とされる龍王
【03_納経所前の庭園】
【03_弁慶の力石】
源平合戦の際には、屋島に向かう途中に源義経が戦勝開運の祈願のため立ち寄ったとされ、そのとき弁慶が力試しに持ち上げた「弁慶石」が納経所前の庭園に残っている。この伝説のもと、開運祈願で訪れる参拝者が多い。
源平合戦の際には、屋島に向かう途中に源義経が戦勝開運の祈願のため立ち寄ったとされ、そのとき弁慶が力試しに持ち上げた「弁慶石」が納経所前の庭園に残っている。この伝説のもと、開運祈願で訪れる参拝者が多い。
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