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2026年03月11日(水) 17時22分 by神應院
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本尊は十一面観世音菩薩です。阿波誌によると、慶安中(1648~1652年)釋宥性により神應院は開山されました。大野史には真言宗龍池山神應院(元寺名 法恩寺)とあります。中興の祖は小松島より来られた権代僧都清陽で54歳(享保12年、1727年)で亡くなったと記録されています。阿南史には阿南の名僧禅城が紹介されており、禅城は神應院住職を経て明治元年冬に薬王寺住職になり、明治3年春には大覚寺の学林講主、同年5月には高野山及び東寺学林講師になりました。人格名声高く、「禅城和尚が歩いているところを見ると地から少し上を歩いている」「小僧を連れて徳島に行く時には、人の見ないところにくると小僧を自分の背に負うて歩いていた」などのお話が伝わっております。現存する過去帳は元禄2年記録わずかに有り、元禄12年より通年記録されています。過去帳には阿波藩第十代蜂須賀重喜公、十一代治昭公の戒名と葬儀の時刻などが記録されています。また檀家として、新選組近藤勇が最後まで持った愛刀を製作した吉川祐芳氏や川端康成がその才能に感動した文学賞受賞「いのちの初夜」の作者北条民雄氏のお名前なども残されております。
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本尊十一面観世音菩薩、
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十一面観世音菩薩
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当院所蔵仏像。ご本尊十一面観世音菩薩(江戸期京都)。延命地蔵菩薩(江戸期京都)。薬師瑠璃光如来(平安時代末期)。十二神将(江戸期京都、西田立慶作)。弘法大師坐像(江戸期)。青面金剛(江戸期、見猿・聞か猿・言わ猿付)、愛染明王(江戸期)。どの仏様も大変歴史あるありがたい仏様です。
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当院所蔵の仏像を平成29年関西大学文学部長谷洋一先生にご依頼して調査していただきました。いずれの仏像も歴史あるものであり、とくに阿南市文化財に指定されている薬師瑠璃光如来立像は平安時代末期の如来像の特徴をよく示した仏像で、今後、阿南市の仏像を考えるうえで重要な仏像であるとのことです。また、十二神将像は皇都大仏師西田立慶作であり、動勢のバリエーションや多彩な彩色を持ち、立慶晩年の集大成の事業であり、多彩な造像活動を示すものとして注目されるとされています。この十二神将は神應院が薬師如来立像の荘厳を整えるために製作されたものとみられるとのことです。青面金剛は庚申信仰の本尊であり、当院の青面金剛は「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を伴い、制作時期も宝永元年(1704年)明確になっており民俗学の分野からも注目されてよい仏像です。他にも高野山に住み弘法大師をほぼ専門に造った仏師長谷川広安作の可能性が強い弘法大師像や恋愛成就や良縁祈願・家庭円満のご利益を持つ愛染明王などとてもありがたいお力を持たれたすばらしい仏様方がおられます。
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約10分
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約10分。
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入母屋造り