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りょうぜんじ|高野山真言宗竺和山(じくわざん)

霊山寺の編集履歴
2020年07月23日(木)
徳島県 板東駅

さささんのプロフィール画像
ささ
2020年07月23日 18時43分

緯度

34.15966669356388

編集前:34.1594736

経度

134.50254562876663

編集前:134.5029721

ふりがな

りょうぜんじ

通称

一番さん

住所

鳴門市大麻町板東塚鼻126

編集前:鳴門市大麻町板東塚鼻126

ご由緒

四国八十八ヶ所霊場の全行程はおよそ1460キロ、365里におよぶ。この霊場を札所番号の順に巡拝する遍路には、ここが「発願の寺」、「同行二人」の長い旅となる。縁起によると、聖武天皇(在位724〜49)の勅願により行基菩薩が開創された。弘仁6年(815)、弘法大師が四国の東北から右廻りに巡教された際、この地で衆生の88の煩悩を浄化し、また衆生と自らの厄難を攘はらって、心身の救済ができる霊場を開こうと37日間の修法をされた。その時、仏法を説く一老師をたくさんの僧侶が取り囲み、熱心に耳を傾けている霊感を得た。大師は、その光景が天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が説法をしていた情景と似ていると感じとり、インドの霊山を和国(日本)に移す意味で「竺和山・霊山寺」と名づけられた。

このときの念持仏が釈迦誕生仏像であり、本尊の前に納められたことから四国八十八ヶ所の第一番札所とさだめ、霊場の開設・成就を祈願されたと伝えられる。誕生仏は白鳳時代の作で、身の丈約14センチ余の小さな銅造である。往時は阿波三大坊の一つとされ荘厳な伽藍を誇った。しかし天正10年(1582)、長宗我部元親の兵火により堂塔は全焼した。その後、阿波藩主・蜂須賀光隆公によってようやく復興したが、明治24年(1891)には出火により本堂と多宝塔以外の堂宇を再び焼失している。以来、100年の努力で往時の姿となっているが、おおかたが近年の建物である。別格本山。地の利を生かした寺観の配置は妙で美しく、お遍路さんに彩りを添えている。

アクセス

高徳線 板東駅下車 徒歩10分
徳島バス 鳴門大麻線「霊山寺前」下車 徒歩1分
88【大窪寺】より
(自家用車)約2時間 約60km
(徒歩)約8時間30分 約38.5km
2【極楽寺】より
(自家用車)約5分 約1km
(徒歩)約18分 約1.2km

参拝時間

7:00~17:00

駐車場

境内東側、本堂の裏側 普通100台 バス10〜20台(無料)

御朱印

あり

御朱印帳

あり

トイレ

境内東側の駐車場にあり

山号

竺和山(じくわざん)

院号

一乗院(いちじょういん)

創立

天平年間(729〜749)

創始者/開山・開基

行基菩薩

巡礼

四国八十八箇所第1番
四国霊場十三仏第2番

行事

1月1日〜3日 正月護摩祈祷
2月3日 星祭り・厄除け祈祷
2月21日〜末日 接待講
4月第1日曜日 釈迦誕生日・青葉祭り・花祭り
6月15日 大師誕生日・青葉祭り
毎月1日 護摩供養
毎月21日 御影供

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