きゅうびいなりじんじゃ
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楽しみ方九尾稲荷神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年07月23日(水) 09時20分36秒
参拝:2025年7月吉日
那須温泉神社 境内
本殿横に鎮座してる九尾稲荷神社を参拝。
近くに殺生石という史跡があるのですが、そちらに関係している神社なんですね。
那須町HPより引用します。
https://www.town.nasu.lg.jp/0224/info-0000000398-1.html
↓
国指定名勝「殺生石(せっしょうせき)」と那須伝説「九尾の狐」
殺生石は那須岳の丘陵が湯本温泉街にせまる斜面の湯川にそったところにあります。大昔、中国やインドで悪行をつくした「九尾の狐」伝説にまつわる史跡です。
狐が化身したといれる大きな岩の周辺では、今なお独特な硫黄の香りが漂っています。
また、俳人松尾芭蕉もこの地を訪れ「奥の細道」には、「殺生石は温泉の出づる山陰にあり。石の毒気いまだ滅びず、蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほど重なり死す。」と書き、次の句を詠んでいます。
石の香や 夏草赤く 露あつし
※殺生石は「おくのほそ道の風景地」の一群をなすものとして、平成26年3月18日“国の名勝”に指定されました。
九尾の狐
平安の昔、帝(みかど)の愛する妃に「玉藻の前」という美人がいたが、これは天竺(インド)、唐(中国)から飛来してきた九尾の狐の化身でした。帝は日に日に衰弱し床に伏せるようになり、やがて、陰陽師の阿倍泰成がこれを見破り、上総介広常と三浦介義純が狐を追いつめ退治したところ、狐は巨大な石に化身し毒気をふりまき、ここを通る人や家畜、鳥や獣に被害を及ぼしました。やがて、源翁和尚が一喝すると石は三つに割れて飛び散り、一つがここに残ったと言われています。その石が「殺生石」と伝えられています。
本殿横に鎮座してる九尾稲荷神社を参拝。
近くに殺生石という史跡があるのですが、そちらに関係している神社なんですね。
那須町HPより引用します。
https://www.town.nasu.lg.jp/0224/info-0000000398-1.html
↓
国指定名勝「殺生石(せっしょうせき)」と那須伝説「九尾の狐」
殺生石は那須岳の丘陵が湯本温泉街にせまる斜面の湯川にそったところにあります。大昔、中国やインドで悪行をつくした「九尾の狐」伝説にまつわる史跡です。
狐が化身したといれる大きな岩の周辺では、今なお独特な硫黄の香りが漂っています。
また、俳人松尾芭蕉もこの地を訪れ「奥の細道」には、「殺生石は温泉の出づる山陰にあり。石の毒気いまだ滅びず、蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほど重なり死す。」と書き、次の句を詠んでいます。
石の香や 夏草赤く 露あつし
※殺生石は「おくのほそ道の風景地」の一群をなすものとして、平成26年3月18日“国の名勝”に指定されました。
九尾の狐
平安の昔、帝(みかど)の愛する妃に「玉藻の前」という美人がいたが、これは天竺(インド)、唐(中国)から飛来してきた九尾の狐の化身でした。帝は日に日に衰弱し床に伏せるようになり、やがて、陰陽師の阿倍泰成がこれを見破り、上総介広常と三浦介義純が狐を追いつめ退治したところ、狐は巨大な石に化身し毒気をふりまき、ここを通る人や家畜、鳥や獣に被害を及ぼしました。やがて、源翁和尚が一喝すると石は三つに割れて飛び散り、一つがここに残ったと言われています。その石が「殺生石」と伝えられています。
すてき
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ま~ちゃん209投稿
令和七年一月、急に神社巡りがしたくなりました。 意識すると、身近なところに神社がたくさん存在してる事に気が付きました。小さいところから有名どころまで参拝できたらと思ってます。もっと読む
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