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2026年06月29日(月) 07時10分 byしろすけ
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この一帯は、江戸時代から明治十年代(一八八〇年前後)にかけて、那須野ヶ原と呼ばれる広大な原っぱであった。 しかし江戸時代に、目印のために何本かの杉の木が植えられたらしい。そのほとんどは野火で焼けたり、切られたりし、この一本だけとなった。そのため原っぱを通る人の目じるしとなり、また雨や夏の日ざしの強い時などの休み場所となった。 明治十四年(一八八一)、この周辺は鹿児島県出身の大山巌(元帥・公爵)といとこの西郷従道(海軍大臣・侯爵)の経営 になる加治屋開墾場(後の大山農場・西郷農場)となった。 この二人は那須野ヶ原での狩猟を好み、その際この木かげで弁当を広げたりしたという。 昭和三十年(一九五五)ごろ、近くの住民がこの杉を神木とした一本杉稲荷神社をまつって今日に至っている。
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隣接商店街駐車場
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