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2022年03月15日(火) 01時52分 by鳰の海
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こうげつじ
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三島市佐野の北部、裾野市との境界になる境川のほとりにある耕月寺は、佐野地区唯一の寺です。初めは真言宗の小庵(しょうあん)でしたが、慶長年間(1596~1615)に、優天守曇和尚(うてんしゅとんおしょう)が甲賀民部(こうがみんぶ)の宅跡に開山、曹洞宗を唱(とな)えました。裾野市桃園の定輪寺(じょうりんじ)の末寺(まつじ)で、本尊は十一面観世音です。耕月寺は、佐野だけでなく元山中、小沢(こざわ)、萩にも檀家(だんか)をもっており、これらの地域間の交流が伺われます。門を入るとすぐ左手には、地元の人たちが建てた六地蔵が並んでいます。 佐野にはかつて、長徳寺(ちょうとくじ)、高鎮寺(こうちんじ)、法泉寺(ほうせんじ)、大行院(だいこういん)もありましたが、天正(てんしょう)18年(1590)、秀吉の小田原城攻めの兵火に遭(あ)い焼失してしまいました。
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三島市佐野の北部、裾野市との境界になる境川のほとりにある耕月寺は、佐野地区唯一の寺です。 初めは真言宗の小庵でしたが、慶長年間(1596~1615)に、優天守曇和尚が甲賀民部の宅跡に開山、曹洞宗を唱えました。 裾野市桃園の定輪寺の末寺で、本尊は十一面観世音です。 耕月寺は、佐野だけでなく元山中、小沢、萩にも檀家をもっており、これらの地域間の交流が伺われます。 門を入るとすぐ左手には、地元の人たちが建てた六地蔵が並んでいます。 佐野にはかつて、長徳寺、高鎮、法泉寺、大行院もありましたが、天正18年(1590)、秀吉の小田原城攻めの兵火に遭い焼失してしまいました。
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だれもが通る道(坐禅のやり方) 坐禅とは、このままただ静かに息をしているだけです。 ------------------------------ 問、無念無想の無我の境地になりたいのですが 答、雑念が出て困ると思う主が「我」です 雑念のままにしておいて、困ると思わなければ「我」が無いのですから、それが無我です どうぞ無我の境地でやってください
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true
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約20分
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種雲山
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慶長元年(一五九六)