ゆのじんじゃ
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楽しみ方湯野神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月26日(月) 21時55分58秒
参拝:2026年1月吉日
『出雲国風土記』にて不在神祇官社「湯野社」として記載があり、六国史の一つである『日本三代実録』にて「湯沼神」として従五位下→従五位上の神階授与の記録がある国史見在社です。奥出雲の薬湯が湧くことで有名な亀嵩温泉の守護神として信仰されており、かつてはその社領内に源泉を持っていたほどの広い神域であったと伝わります。

《一の鳥居》

《由緒書き》
時代によって社名においてはかなりの変遷があるようです。
時代によって社名においてはかなりの変遷があるようです。

《手水舎》
一瞬湯気っぽいものが見えたので、まさか温泉か!?と思ったらただの水でした。洗ひつるここも…(略)
一瞬湯気っぽいものが見えたので、まさか温泉か!?と思ったらただの水でした。洗ひつるここも…(略)

《大けやきの切り株》

《二の鳥居》

《表参道》
深い森ではありませんが杉の木が参道沿いに綺麗に植えられています。
深い森ではありませんが杉の木が参道沿いに綺麗に植えられています。

《神門》

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
『日本三代実録』にて神階授与があったということは、朝廷がその神格に対して何かしらの認識する事柄があったことに起因するわけなのです。それこそやはり亀嵩温泉による湯治による霊験に対してなのかなと思えば、まさかの国家鎮護なんだそうです。当時の日本は新羅からの出兵がよく行われていたそうでその祈願所として扱われており、鎌倉時代にも5代執権の北条時頼公が社殿の改築が行ったりと武家政権になってもその崇敬が篤かったのは変わらないようです。
👁チェックポイント‼️
『日本三代実録』にて神階授与があったということは、朝廷がその神格に対して何かしらの認識する事柄があったことに起因するわけなのです。それこそやはり亀嵩温泉による湯治による霊験に対してなのかなと思えば、まさかの国家鎮護なんだそうです。当時の日本は新羅からの出兵がよく行われていたそうでその祈願所として扱われており、鎌倉時代にも5代執権の北条時頼公が社殿の改築が行ったりと武家政権になってもその崇敬が篤かったのは変わらないようです。

《扁額》
先代出雲大社宮司であった千家尊祀さんによる揮毫です。
先代出雲大社宮司であった千家尊祀さんによる揮毫です。

《本殿》
大社造です。
大社造です。

《玉作神社》
『出雲国風土記』にも登場する神社で、玉峰山から出た水晶で玉を作っていた玉作部たちの祈願社として崇敬されていました。
『出雲国風土記』にも登場する神社で、玉峰山から出た水晶で玉を作っていた玉作部たちの祈願社として崇敬されていました。

《末社群》

《石碑》
荒神信仰のお塚もあるようです。
荒神信仰のお塚もあるようです。

《神輿庫》

《社務所》
普段は無人のようです。最近HPもできたので御朱印をいただこうと思い連絡しましたが、生憎と宮司さんは前日から出張に行かれているとのこと…なんとついていないことか。
普段は無人のようです。最近HPもできたので御朱印をいただこうと思い連絡しましたが、生憎と宮司さんは前日から出張に行かれているとのこと…なんとついていないことか。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1725投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(9/7更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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