うしおじんじゃ
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楽しみ方海潮神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月28日(水) 21時32分37秒
参拝:2026年1月吉日
出雲国大原郡の式内社であり『出雲国風土記』にて「得塩社」として記載のある古社です。御祭神の宇能治比古命さまは風土記に何度かその逸話と共に登場しており、こうした山の中ですが社名の通り海の神、水の神さまであるとされています。

《鳥居と社号碑》

《由緒書き》
赤川やその支流の近くに鎮座していますが、過去数百年遷座の歴史はないそうです。
赤川やその支流の近くに鎮座していますが、過去数百年遷座の歴史はないそうです。

《手水舎》
水は流れています。洗ひつるここも…(略)
水は流れています。洗ひつるここも…(略)

《神門と獅子狛犬像》
お尻を上げた出雲式の狛犬像です。
お尻を上げた出雲式の狛犬像です。

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
宇能治比古命さまの逸話は楯縫郡と大原郡の2郡にそれぞれあり、大原郡の方には宇能治比古命さまが父神である須義祢命さまを恨んで北方の海水を地表に押し上げて須義祢命さまを漂流させたと記述されています。これが由来となり「得塩」という地名になったとされていますが、当地はかなりの山中であり北方には海の前に宍道湖もあります。
そのため海がここまで上昇してきたというのは事実ではなく、赤川の氾濫を示している説、近くに湧く海潮温泉にある岩が海蝕のような形であったことから連想された説、出雲大社近くの海岸が高潮による海面上昇が赤川まで逆流してくることを危惧したという説などがあるそうです。
👁チェックポイント‼️
宇能治比古命さまの逸話は楯縫郡と大原郡の2郡にそれぞれあり、大原郡の方には宇能治比古命さまが父神である須義祢命さまを恨んで北方の海水を地表に押し上げて須義祢命さまを漂流させたと記述されています。これが由来となり「得塩」という地名になったとされていますが、当地はかなりの山中であり北方には海の前に宍道湖もあります。
そのため海がここまで上昇してきたというのは事実ではなく、赤川の氾濫を示している説、近くに湧く海潮温泉にある岩が海蝕のような形であったことから連想された説、出雲大社近くの海岸が高潮による海面上昇が赤川まで逆流してくることを危惧したという説などがあるそうです。

《本殿》
例に漏れず大社造です。
例に漏れず大社造です。

《千年祭碑文》
当社の創建は明らかではありませんが、神亀三年(726年)に地名改正によって海潮に改称され、その際に「得塩社」だった当社も現社名になったと伝わります。そして明治33年には氏子中で千年祭が行われたそうです。…1900年に20世紀になったから千年祭を行った?
当社の創建は明らかではありませんが、神亀三年(726年)に地名改正によって海潮に改称され、その際に「得塩社」だった当社も現社名になったと伝わります。そして明治33年には氏子中で千年祭が行われたそうです。…1900年に20世紀になったから千年祭を行った?

《末社①》

《末社②》

《末社③》
荒神信仰に近いですね。
荒神信仰に近いですね。

《御神木》

《掲示板》
何やら御朱印の書置きに似た形式の紙が貼られています。まさかこれから始めるつもりか…?
何やら御朱印の書置きに似た形式の紙が貼られています。まさかこれから始めるつもりか…?

《社務所》
普段は無人のようです。
普段は無人のようです。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1728投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(9/7更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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