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楽しみ方編集詳細
2025年02月20日(木) 22時12分 by神祇伯
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ゆつぎじんじゃ
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ゆすきじんじゃ
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526-0245
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安康天皇元年勧請、建御名方命、社領圭田29束3毛田、雄略天皇2年勧請、瀬織津比咩命社領圭田34束3毛を奉づ、神家、巫戸ありと日本総国風土記にある。式内社であって湯次宮と称し浅井郡13郷の総社として尊信篤かったが、時代の変遷により現在は1村の産土神となった。これより先天亀天正の兵火で焼失した本宮仮建立に当り、天正3年13郷よりの取集米石の送り状が社蔵されている。天保3年脇江城主栗原新兵衛が村中へ名字を贈った証文の宛名に湯次郷とある。慶長7年社地6反7畝13歩が除地となり、寛永21年新検地で古来の社地田畑6反3畝25歩が年貢地となる。寛政6年には神祗官統領神祇伯王から湯次大明神の額を賜り白川殿からは額字の添状が送られている。明治9年村社に列し同41年神饌幣帛料供進指定となった。[滋賀県神社庁HP当神社ページ由緒書きより]
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建御名方命 瀬織津比咩命
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《主祭神》 建御名方命 瀬織津比咩命 《配祀神》 弓月王
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参拝自由
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なし
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なし
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約5分
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なし
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安閑天皇元年(534年)
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秦氏
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三間社流造
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1月10・11日 例祭/おこない
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不詳
