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2025年12月22日(月) 23時51分 bysoo_cyan
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あんようじ
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当時は奈良時代の山岳仏教寺院金勝寺の二十五別院の一つと言われ、天平十二年(740)聖武天皇の勅願で法相宗の良弁僧正が開創したと伝えられている。長享年間(1487~1489)に足利将軍善尚が安養寺十二坊の中之坊に鈎の陣所を設け、六角高頼と戦ったため兵火にかかり焼失。その後一度復興の兆しが見えたものの、元亀元年(1570)織田、佐々木の兵乱により再び焼失。わずかに本尊薬師如来三尊のみが難をまぬがれた。現状の寺基は貞享元年(1684)戒山慧堅が再興したものである。
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東方山
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天平十二年(740)
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聖武天皇勅 良弁僧正
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戒山慧堅律師
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貞享元年(1684)
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重要文化財 薬師如来像 市指定文化財 木造毘沙門天立像 木造月光菩薩立像 木造日光菩薩立像 木造阿弥陀如来立像 紙本墨書東方山安養寺本堂再建勧進状 絹本著色釈迦三尊十六羅漢図