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2026年02月09日(月) 00時27分 bysoo_cyan
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草津川の水害を護り道往く人々の安温を守護し居られる、この地蔵菩薩は明治の末期下田上村大字森・枝地域に亘る大戸川の護岸工事現場より出現され、たまたまこの指導に当たられて居られた時の草津土木工区長の永井氏が工夫の肩にかつがせ桐生より草津川沿いに下り、現在地草津川左岸に達したとき工夫は力盡き工夫長の言葉に従い草生地に在る立木神社御旅所の土〇に隣り安置なされたことが香誉淨生尼(高野ゆき)に菩提の化身が『雨露を凌げるように田上の見えるようにしてほしい』とのお告げに不思議に思い、尼が彼是と尋ねたる中この次第が明らかになり、田上村大字森相井儀三郎氏の耳に這入り当時県会議長として人望を得て居られた氏より大方の御寄進により地蔵堂が落成するや一先ず田上へ戻って頂き改めて現地へお送りしたいと氏を先立ちとして縁者有志田上を挙げ樂人稚児に見守られ高興により練供養が行われ草津方は野路に香誉淨生尼が親族縁者有志の方々ともどもお出迎え合流の上草津町の練供養となり、高野地蔵尊として入堂祭祀なされた。その荘厳さは知る人の今尚語り草となって居ります。時は昭和十年八月二十三日で御座いました。
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昭和十年(1935)
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香誉淨生尼(高野ゆき)、相井儀三郎氏