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2026年02月06日(金) 12時19分 bysoo_cyan
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浄土真宗大谷派西遊寺飛地境内
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木川薬師堂
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木川町薬師堂(西遊寺飛地境内)
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きのかわちょうやくしどう
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木川薬師堂
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木川町の「薬師堂」には、木造薬師如来坐像(鎌倉時代・重文)と、二体の木造毘沙門天立像が祀られていて、江戸時代には「毘沙門堂」と呼ばれていた。二体の毘沙門天立像のうち一体は、神仏分離以前には木川天神社に安置されていたといわれ、天神社の本地仏であった。 天神社は大宮若松神社とともに「興福寺官務牒疏」に金勝寺の二十五別院の一つとして記される、金峰山寺の鎮守とされてきた。薬師堂の地は、金峰山寺の旧地であると伝えられており、薬師如来坐像や毘沙門天立像は金峰山寺の遺像とも考えられる。 近江國粟太郡木川村詩によれば、薬師堂は木川村の西にあり、伝によれば源義家のえい孫、山田友俊なる者が建立。古くは延暦寺三千坊の一つであった(元のし寺基等は不明)が、元亀二年(1571)織田信長の兵火にかかり堂宇焼失する。本尊僅かに村民の守護をもってその災をまぬがれた。その後、古材を集めて現在の地に小堂を再興し、村内の安全仏としてきたという。 昭和十七年(1942)以後西遊寺の飛地境内となっているが、木川町の貴重な共有財産であり、敬虔な信仰の対象でもある。
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薬師如来
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薬師如来(乳薬師)
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https://kusatsu-yamada.jp/uploads/files/町内会/木川町/pdf/20181211105850963.pdf
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現在堂内には薬師如来坐像のみ安置。二体の毘沙門天立像は栗東歴史民俗博物館に寄託展示されています。
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保延三年(1137)
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山田友俊
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宝暦三年(1753)
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木造毘沙門天立像 重要文化財(栗東歴史民俗博物館寄託) 木造薬師如来坐像 重要文化財