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2025年12月21日(日) 01時24分 bysoo_cyan

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ご由緒
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当神社は社家の古文によると貞観五年九月九日(863)今から千百年前小汐井神社(草津大路町)の創建とほぼ同じ頃:、御祭神・応神天皇を追分の産土神(氏神)として勧請し八幡宮を建立。志津(現青地町)の延喜式内社・小槻神社と深い関係があると伝えられている。当地はその名が示す通り古来東海道の分岐点であり、交通の要衝に位置している為再々の戦火等により興亡を繰り返し古記録等殆ど現存していない。その後のことも詳らかではない。室町時代より戦国期にかけ当地の豪族宇野氏が武神として崇められ天正六年三月(1578)に京都下鴨、賀茂御祖神社の古殿を拝領し、翌年その材を用いて御社殿が再建され、同年十二月九日に遷宮が行われる。江戸時代の文化十四年(1817)の記録によれば境内は東西八十三間、南北八十四間で現在の数倍の広さがあり、熊野、春日の両来社もあり、拝殿二間四方、石鳥居高さ壹丈二尺としるされている。明治三十七年十二月十日(1904)には御神燈の火により再び御社殿全焼し明治三十九年一月(1906)釿始再建に着手。同年五月に現在の御社殿が造営され同二十六日遷宮が行われる。
創立
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貞観五年(863)
本殿/本堂の建築様式
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一間社流造 間口一間 奥行一間三尺